2019-05

12・10(土)METライブビューイング フィリップ・グラス:「サティアグラハ」

   東劇  6時半
 
 サントリーホールから、銀座の東劇へ向かう。
 こちらはインド独立運動の指導者ガンディーの、南アフリカ滞在時代を描いたオペラ。

 私がMETの現場で観たのは初日公演(11月4日)だが、この映像は11月19日に録られたもの。
 改めて映像でじっくり観ると、ナマで観た時には分らなかった細かい部分がもう一度確認できる。出演者や作曲家へのインタビューがいつも面白く、参考になる。

 但し不思議なことに、こちらは第1幕の最初が、初日に比べ、ちょっと違うような気もする。あの時は時差ボケもあったから、あまり自信は無いが・・・・。
 しかし、どこかカットがあるのではなかろうか? 初日は30分の休憩が1回だったが、こちらは30分の休憩2回、にもかかわらず上演時間は初日に比べ15分しか伸びてないし・・・・。

 METでの上演と同様、歌詞の字幕は、やはり付いていない。
 METでの上演の際、若干の説明文が時々舞台後方に映写されることがあって、その訳は今回日本語字幕として入れられていたが、これは「歌詞の字幕」とは少しニュアンスが違う。ただし今回はそれとは別に、各場の最初に場面や時代についての簡単な説明が字幕で挿入されており、これは、ある程度参考になる。

 ――字幕が無いことについてのMETの説明は、「サンスクリット語によるヒンドゥー教の聖典《バガヴァッド・ギーター》の言葉が使われ・・・・そのため歌詞と舞台上の出来事には関連性が無い。これは、意味にとらわれず音として体験される歌詞と、歌詞の影響を受けずに語られる物語という作曲家フィリップ・グラスの意図を尊重したためだ」とのこと。

 解ったような解らないような説明で、はあ左様でございますか、と言うしかないが、「歌詞の影響を受けずに語られる物語」とは何か? 
 そもそもフィリップ・グラスは、作曲した時にその言葉の意味を知っていたのか、どうなのか? 
 古代インドの聖典の中に、マハトマ・ガンディーの南アフリカ時代の出来事など語られているはずもなかろうから、聖典の「教え」を引用する部分はありとしても、その他の大部分は、物語とは関係の無いお経みたいな言葉、ということになるのだろうか? 
 そのあたりの説明は、挿入インタビューでもほとんど触れられていなかった。

 だがそれはともかくとして、このオペラ、音楽と演出はやはり面白い。
 フィリップ・グラスのお家芸たるミニマル・ミュージックの、執拗な音の反復から生まれる迫力が異様に物凄く、底知れぬ不思議な陶酔感を呼ぶ。繰り返しが延々と続くので、短気な人には我慢できないかもしれないが、嵌まると実に良い気持になる。
 無窮の青空を背景にガンディーが歌うラストシーンは、美しさと、白々とした寂寥感と、指導者としての彼の孤独感が交錯し、この上なく感動的だ。
 滅多に観られない、滅多に聞けないオペラだし、話の種に観ておいても損はなかろう。

 10時25分頃終映。
 帰宅した頃には、皆既月食(月蝕)がたけなわ。壮大な天体ショーには違いないが、やはり不気味だ。昔の人があれこれ不吉な想像をしたのもむべなるかな、という感じがする。

 そういえば、「コロンブスの月蝕物語」とか、ソロモン王の秘宝ナントカとか、昔の本には西洋人がこの月蝕を己の魔術と見せかけて「未開の土人、蛮人」を威嚇する場面が良く出て来たものだった。しかし、あれも畢竟、西欧人種の思い上がり、優越感から生まれた話ではなかろうか? まあ日本にも、「冒険ダン吉」のような本があったのは事実だが。
 英国の人種的偏見と弾圧に立ち向かったガンディーのオペラなんかを観たあとでは、月食を見てさえ、いろいろな連想が生まれて来る。

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