2017-08

12・4(日)マーク・パドモアのシューベルト(2)「冬の旅」

   トッパンホール  5時

 斬新な表現の「冬の旅」だ。

 パドモアが描き出すのは、感情の起伏の非常に激しい主人公である。
 怒り、激情、空しさ、優しさ、詠嘆、絶望といった心の動きが、ソット・ヴォーチェから絶叫に近いフォルティシモにいたる振幅の大きな歌唱により、劇的に表現されて行く。

 第1曲の「お休み」は基本的にソット・ヴォーチェで歌われ、恋人に秘かに別れを告げて去ろうとする主人公の挨拶がきわめて優しく、いとおしむような感情に満ちて表現されているのが非常に印象的だが、ここから物語が始められたあと、主人公の気持がみるみる激して行くという歌唱表現が面白い。

 第6曲「あふれる水」の最後「僕の涙が熱く燃えたら、そこに僕の恋人の家がある」は怒りの爆発のように表現されるし、第7曲「川の上」の最後の「氷の下で激しい流れがたぎっているのではないか?」も、こみあげる激情を抑え切れなくなったように歌われる。
 第11曲「春の夢」も、冒頭は明るく出ながら、「だが雄鶏が鳴き」で突然激し、次の節では突然再び深い詠嘆に沈む。もちろんこれらは譜面と歌詞に忠実に従った演奏には違いないが、これほど感情の変化を激しく対比させた歌唱は、そうたくさんは聞かれないだろう。

 第18曲「嵐の朝」が絶叫といえるほどの激烈な歌唱でつくられたあと、次第に沈潜に転じて行くパドモアの設定が巧い。
 第21曲「旅籠屋」ではどうしようもない悲しみの表現を強調、次の「勇気」では半ば自棄的な興奮を告白、「幻の太陽」は終始抑制した表情で、最後の「辻音楽師」の寂寥感への伏線をつくる。

 これは歌詞の内容を精妙に歌唱に反映させ、感情の動きを極度に強調した「冬の旅」の演奏だ。いかにもエヴァンゲリスト役として定評あるパドモアの面目躍如というところであろう。――それにしても、この「冬の旅」は、何度聴いても、どんなスタイルの演奏で聴いても、全く物凄い音楽だ・・・・。
 協演ピアニストは、もちろん一昨日と同じティル・フェルナー。

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