2020-04

11・17(木)ウラジーミル・ミーニン指揮国立モスクワ合唱団

 東京オペラシティコンサートホール  7時

 話題の新人ピアニスト萩原麻未のリサイタル(紀尾井ホール)を聴くか、それとも名門モスクワ合唱団を聴くか、ぎりぎりまで迷ったが、萩原麻未はこれからも聴けるだろう、しかしロシアの合唱団が歌うギア・カンチェリの「無意味な戦争」やラフマニノフの「晩祷」(抜粋4曲)は、今後いつまた聴けるか分らない――という結論に達し、オペラシティの方へ向かう。

 ともあれ、これはこれで、聴いてよかったと思う。
 ミーニンのこの国立モスクワ合唱団はしばしば来日しているけれども、私は聴くのが久しぶりだったし、ロシアのコーラスの圧倒的な量感も、独特の凄みのある発声も、やっぱりいいものである。

 プログラム冒頭では、スヴィリドフの「哀歌」が東日本大震災の犠牲者に捧げられ、次いで前述の2曲が歌われた。「晩祷」でのバス歌手アレクサンドル・ビレツキーは――遠目には何となく佐藤浩市に似ていて愉快だったが――いかにもロシア独特の豪壮な超低音で、流石の迫力だ。
 「無意味な戦争」(2005年)は、日本のサクソフォン四重奏団「カルテット・スピリタス」との協演。デュナーミクの対比の鋭さとともに、導音やドミナントには何度も達するもののなかなかトニカに解決されない音楽の流れが、一種の苛立たしさと不安感を誘う。

 後半は、おなじみのロシアの歌や民謡。
 1992年のモスクワ取材の際、ミーニンが「日本に行くとロシア民謡ばかり歌わされますからなあ」と苦笑していたのを思い出すが、今夜のプログラムもそれに応えざるを得なかったのか。
 しかし、やはりいいものである。特にロシアの底力ある凄い音圧の、しかも情感たっぷりのコーラスとソリストの歌で聴くと、何か懐かしい気持に引き込まれてしまう。
 曲は「カチューシャ」「赤いサラファン」(この2曲は民謡ではない)、「ステンカ・ラージン」「黒い瞳」ほか。中でも、アンドレイ・ボリセンコをソロにフィーチャーした「果てもなき荒野原」は圧巻だった。アンコールでは「ソーラン節」を日本語で歌うサービスも。
 9時15分終演。

 こういうロシア民謡を久しぶりに聴くと、昔「うたごえ運動」全盛の頃、喫茶店やキャンプで盛んにこの種の歌を歌ったことを思い出してしまう。その運動の背後にある種の政治的な動きがあったことなど、当時はほとんど意識しなかったが、われわれがあれだけ熱心に歌ったのは、やはり曲が良かったからではないか?
 はからずも今夜「ソーラン節」を聞きながら、たしか1956年の日ソ漁業交渉の時だったか、「この権利だけはソ連にやれぬ」というのをもじって「やーれん、ソーレン、ソーレン・・・・」と漁師が踊っているマンガを新聞で見て、子供心にも感心したのを思い出した。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://concertdiary.blog118.fc2.com/tb.php/1229-baf6b98d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

























Since
September 13, 2007

これまでの来訪者数

最近の記事

お知らせ

●2007年7月以前のArchivesを順次、アップロード中です。併せてご覧下さい。
2007年7月
2007年6月
2007年5月
2007年4月
2007年3月
2006年7月

Category

ブログ内検索

プロフィール

リンク

News   

雑誌 モーストリー・クラシック に連載中
「東条碩夫の音楽巡礼記」