2020-04

11・14(月)デイヴィッド・ジンマン指揮チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団

    サントリーホール  7時

 ヨーヨー・マをソリストに迎えてのショスタコーヴィチの「チェロ協奏曲第1番」と、マーラーの「交響曲第5番」という、かなりアクの強いプログラム。

 先日CDで出た「未完成交響曲」では、嵐のような激しい演奏を聴かせ、この曲の既成イメージを此処まで変えるのかと驚かせたり感心させたりしたジンマンだが(以前ナマで聴いた時には、ここまで極端なことはやっていなかったように記憶するが・・・・)、今夜のマーラーの「第5交響曲」では、ことさらに意表を衝くようなことはやっていない。

 しかし、オーケストラの響きの造りに関しては、すこぶる精妙なものがある。
 上手くは言えないのだが、あたかも何層にもわたり積み重ねられた各声部のそれぞれの間に、名状しがたい僅かな空間のようなものが張りめぐらされ、それらが一体となって柔らかいクッションのような響きを生み、その響き全体が奥行感や空間的拡がりを生む――といった感じなのである。
 音色は落ち着きのある明るさで、粒立ちの良さと柔らかいスケール感を湛えている。オーディオ的に言えば、英国系のスピーカーによくこういう音がある、ということになろうか。

 とにかく、こういう「上質のオーディオ装置で聴く」かのようなマーラーは、狂暴にもヒステリックにもならず、鬼面人を驚かすといった表現にもならず、実に美しい。第4楽章の「アダージェット」などは、まさにその極致、極上の美感であろう。マーラーをいい音で聴いたという快さは確かにあったのだが、さて、それで、そのほかには・・・・?

 ショスタコーヴィチの「チェロ協奏曲第1番」でも、ほぼ同じようなことが言えたであろう。ヨーヨー・マの演奏は、開放的で、音も伸び伸びとして、胸のすくような勢いを持っている。今回は、ソロ・アンコールは、カタロニア民謡/カザルスの「鳥の歌」1曲のみで、演奏会をこれ以上に長くすることにはならなかった。

 なお、マーラーの第3楽章では、1番ホルンは指揮者の横に出て来て吹いていた。マーラー自身は、独立した形で吹けとは言っているものの、前に出て来いとまでは詳しく指示していないはずだが、最近はこのテを採る指揮者もが少なくないようだ。音響的には、あまり効果があるとも思えないが。
 前に出て来ずに、ホルン・セクションから少し離れて、下手側に立って吹かせるという形を採った指揮者もいたが、響きの点ではその方がバランスも良かったように思われる。

コメント

東条先生、お疲れ様です。

ジンマンとトーンハレの来日公演ですが、もれなくヨーヨーマが付いてきて、チケット代がはねあがります(少なくとも関西では前回もそうでした)。
別に聴きたくない“高額ソリスト”のせいで、肝心の指揮者とオケを聴きにくくなっている気がするのですが…。
他のソリストにして、チケット代を下げてほしいなあ、と思ってしまいます。

三楽章の件

三楽章のホルンはマーラーの指示だと聞いています。指揮者の高関健がいろいろなところで表明しておりますのを見しました。ただ効果があるのかはおっしゃるとおり疑問に思います。

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