2017-10

12・26(水)N響の「第9」

  NHKホール

 「暮の第9」というのは、最近は滅多に聴かない。商売柄、「第9で年越し」という習慣もないし、あまり聴きすぎて感覚が鈍るのを恐れるという気持もあるからだ。だが今回のN響の「第9」には、メゾ・ソプラノのソリストとして、シュトゥットガルト州立劇場の石津なをみさんが出ているので聴きに行った。
 
 石津さんは合唱団のメンバーだが、ソリストとしても活動しており、「モーゼとアロン」の「4人の裸の少女」の一人として歌っていたのを私も2003年7月に同劇場で観たことがある。もっともその時の演出はヨッシ・ヴィーラー&セルジョ・モラビトで、問題の第2幕ではアロンが一同に映画を見せ、その映画に人々が興奮し錯乱していくという設定だったので、彼女を含め、特に脱ぐ女性がいたわけではない。最近ではニュープロダクションの「トロイ人」でもソロの役を受け持ったとのこと。

 今回の「第9」のソリストは、他にソプラノが角田裕子、テノールがカン・ヨゼプ、バリトンがキム・テヒョンという、シュトゥットガルトあるいはベルリンで活動する日本人と韓国人で構成されていたのが面白い。
 ただこの曲では、バリトンとテノールには聴かせどころの長いソロがあり、ソプラノにも結構派手なパートが与えられているにもかかわらず、メゾ・ソプラノのパートだけは全く目立たないように書かれていることは周知のとおり。ベートーヴェンも随分不公平なことをしたものである。とはいえその他のパートのソリストたちは、少々張り切りすぎ、叫びすぎの感があったようだ。特にバリトンは、最初の「おお友よ」からびっくりするほど勢い込んでいて、ピッチも少し高かったように聞こえた。

 このレチタティーヴォに関しては、朝比奈さんが「どんなバリトンでもここは必死になる」と語っていたのを思い出す。
 彼はこう指摘していた。「しかし、ここにはフォルティシモとは書いてないんです。バリトンがリーダーとしてみんなに『もっといい調べを歌おうではないか』と呼びかけているわけですから、決して怒鳴る必要はない。あんまり怒鳴ると、下手な代議士みたいになりますからな」。
 ついでに思い出したのは、以前(2005年12月)に札響の「第9」で聴いたロバート・ハニーサッカーのこと。彼はこの部分でのみ、あたかもオペラの演技のように両手を拡げ、聴衆や、背後の合唱団に向かって呼びかけるような身振りをしていた。「第9」の演奏でそんな「演技」を見たことがなかっただけに、もしかして彼はこのあとすべてをそんな調子でやるのかしらとギョッとしたが、その演技を行なったのはベートーヴェンの作詞個所のみで、シラーの詩の部分では普通の演奏会どおりにしていた。それにしても、面白い解釈だと思う。
 ともあれ朝比奈さんも指摘していたように、歌手にとっては、このソロに入る直前の緊張感たるや大変なものだという。亡くなった名バリトンの大橋国一さんは、あれだけ場数を踏んでいたにもかかわらず、この個所が近づいてくると、「ああ、何か地震でも起こって、この第9はここで中止になってくれないだろうか」といつも思ったそうである。

 話をこの日の「第9」に戻すと、叫びすぎの印象は、国立音大の合唱団も同様だ。その大音声は、しばしばオーケストラを打ち消した。もっともこれは、こちらが1階席真ん中あたりで聴いていたせいかもしれない。1階では、高い山台の上から歌い下ろす合唱の音量はとかく大きく聞こえるものである(以前サントリーホールの1階席でマーラーの「千人の交響曲」を聴いた時には、危うく難聴になりかけた記憶がある)。

 いずれにせよそれらは、理由は定かでないが、指揮のアンドリュー・リットンの指示に基づくものだったのであろう。しかしこの人は、オーケストラに関しては正確で、折り目正しい音楽の持主で、実に明晰な音色をつくる。スコアの細部まで聞き取らせることのできる指揮者だ。こういうスタイルだと、N響の上手さがいい面で存分に発揮されるし、NHKホールのドライなアコースティックをもうまく味方にできるだろう。それでいながら、決して冷たくつまらない演奏でなく、盛り上がりもなかなか見事だった。やはり「第9」は、スリリングな作品である。

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