2019-05

6・22(水)ダニエル・ハーディング指揮新日本フィルハーモニー交響楽団
マーラーの「5番」

   すみだトリフォニーホール  7時15分

 あの「3・11」の夜、この同じ曲によるハーディング指揮の定期を、私も聴きに行くつもりでいたが、交通が途絶して叶わなかった。演奏会そのものは、徒歩や自転車で集まって来た100人程度の聴衆を前に、予定通り行なわれたと聞く。せめて翌日の演奏会にでもと思ったが、それは中止になった。

 ハーディングがその後も日本に留まり、ただちにチャリティー演奏会を開催しようと提案したこと、しかし交通の混乱や余震の警戒などにより実現できなかったことなど、一連のエピソードは、すでに知られるとおりである。

 今回は同じマーラーの「第5交響曲」が3日連続で演奏され、初日(20日)が「チャリティーコンサート 3・11東日本大震災、明日への希望をこめて」と銘打たれ、あとの2回が「3月定期演奏会の代替公演」となっている。
 したがって今日の会場では、3月定期のプログラム(パンフレット)が配布されていた。表紙に大きく印刷された「3」の字を見るたび、心が痛み、気持も平静でいられなくなってしまう。

 ハーディングは、今夜も終演後に、着替えもしないまま、いち早くロビーに出て来て、募金活動の先頭に立った。
 彼の持つ募金箱に向かって列を為す人々と、サイン会のために列を為す人々などが入り乱れ、トリフォニーホールの狭いロビーは立錐の余地もない。時に彼への拍手も起こり、また出口から外にも暫し立ち去らぬ人々が群を為して、異様な熱気が渦巻く。
 「(ハーディングは)毎回あれをやっているんだから、偉いよな」という声も、出口周辺で聞こえる。

 演奏会の方では、震災の犠牲者に捧げる曲として、エルガーの「ニムロッド」が冒頭に演奏された。3月定期にあった「パルジファル」第1幕前奏曲は今回プログラムに入っておらず、本編はマーラー1曲のみである。
 MCOとの「第4交響曲」の時にはあれほど微に入り細に亘って趣向を凝らしたハーディングだが、こちら「5番」では、意外なほどストレートな解釈だ。
 彼が作品ごとにアプローチを変える指揮者であることは、これまでにもいくつかの例で判っている。だが、それだけでなく、指揮するオーケストラにもよって・・・・ということもあるとみえる。

 今夜の演奏では、強いて言えば、第3楽章に多少なりとも彼らしい個性が聴かれたであろう。私の印象では、第4楽章の「アダージェット」が、新日本フィルの弦の豊麗さを存分に発揮した演奏で、全曲の白眉だったと思う。
 第2・3・5楽章でのエネルギー感も目覚しかったが、響きの豊満さはいいとしても、やや混濁した団子状態に聞こえてしまうのは、こちらの聴く位置(1階中央下手寄り)のせいか・・・・ホールのアコースティックのせいもあるだろう。サントリーホールで聴いたなら、またイメージは違ったかもしれない。

コメント

募金活動かあ・・・演奏でお疲れのところ偉いとは思うが、演奏会にオカネを払って来てくれてるお客さんから、さらにそこでお金集めなくても、と思うのはねこが小物だからかニャあ・・・その事業団体がすでにチケットなどで上がっている収益分から寄付を捻出というのが本来あるべき慈善行為ではないのか。そういう意味では演奏家さんはすばらしい演奏を提供して下さればそれて充分と思うけんどニャあ。募金箱を持つという小さな善意に感謝はするけれども、そんなことも思うニャリ。

人の集まる会場で呼びかけて募金する場合、そこで集まったお金を主催者の名において送るのだろうけれども、募金は郵便局にある振込み用紙で個人でもどか~んと振り込めるものでもあるニャリ。募金箱に入らないくらいお金持ってる方、よろしくニャ!

そんでもって義援金がなかなか行き渡らないとか、電力会社の責任を補うところにまで使われたりとか、いろいろ物議もかもし出してるけんども・・・世の中いろいろ難しいニャあ・・・みんなの善意、届くようにねこも祈るニャリよ。

東条先生、こんばんは。少し遅くなりましたが、私は21日の演奏を聴きました(サントリーホール)。所どころで響きが混濁したように聞こえたのは、サントリーホールでも同じでした(1回中央の通路から前の席)。私が思うには、弦楽器の早い8分音符のスケールのような動きが完全に揃わない事からくる問題が大きいのでは。これはまだ日本のオーケストラでは、各セクションの後ろの方の人まで同じテクニックで演奏する技術レベルにいたっていないためで、演奏者の層の厚みが出てくれば解決されるのでは。一方で、木管楽器は技術的にみるとMCOより揃っていると思いました(MCOのほうが個性的だというふうにも言えますが)。第4楽章のアダージョで魂のさすらいが癒された後、ファゴット、オーボエ、ホルンと引き継がれていく嵐の後の鳥のさえずりのような5楽章冒頭の美しさは、この日のコンサートの意義とあいまってとても感動的でした。
蛇足ですが、ハーディングの休憩時間(MCOなど)や終演後の募金活動には頭が下がります。私も本当に小額のお金を入れさせてもらいました。たしかに雰囲気は異様かもしれませんが、一人ひとりが出来る事をやっていくことが、(たとえそれがロビーでのマエストロに対する拍手だけだとしても)大切なんだと思います。一音楽ファンとして、いや一国民として、集められたお金がどのように被災者の皆さんに渡されるのかをしっかり監督する事が、マエストロに対する義務ではないでしょうか。

東条さん、こんばんは。

20日、22日と聴きました。
結果としては20日の演奏がやはり格別でしたね。聴衆の集中力は指揮者の背中にモロにかかります。「ニムロッド」の冒頭など、最弱音でものすごいスローテンポでしたし、マーラーにおける弦楽の熾烈さは新日フィル史上最高では?(このオケの熱心な聴き手ではないので、断言はできません。)
もちろん、昨日も憂いに満ちたマーラーでした。といっても、悲哀よりも、幸福感が溢れていたように思います。ハーディングと新日フィルは幸せな関係といえるでしょう。

両日の演奏に共通して言えることは、
・同じ指揮者の「4番」「10番」よりもスッキリしているが、よく聴くと弦の強弱やポルタメントの使用において、かなり楽譜を読み込んでいる。つまり、凝りに凝った演奏だが、尻尾を出していない。(私はハーディングの「4番」は好かない。人工的な細工が音楽美を損なっている。逆に「10番」はアッサリしすぎ。もっとエグってほしい。)彼のマーラーとしては「5番」が最高。
・アダージェットにおいて最弱音を無視。速めのテンポで豊かに歌わせることで、ストレートに曲の美しさを表出。すばらしい。
・あとは評論家の方ならお気づきかと。省略。

来年の「9番」にも大いに期待。あと、東条さんの仰るとおり、トリフォニーはマーラーには狭すぎ。平土間の前列で聴かないとお団子状態。3階はとくに酷い。NHKホールよりは100倍マシですが。

あと、>招き猫さん
新日フィルや日フィルなどの「自主運営」オケが、万年財政難なのはご存知ですよね?チケット代だけでは楽団員の給料すらまともに払えません。補助金。財界資金・篤志家の寄付が不可欠です。だから政府が文化予算カットするときに、小澤征爾らがあんなに騒いでいたのではないですか!?寄付は聴衆の善意(募金)に頼るしかありません。しかも、新日フィルの20日公演は全額チャリティーでした。尊敬すべき事実だと思います。

追悼曲の二ムロットとアダージェット

確かに、<<今夜の演奏では、強いて言えば、第3楽章に多少なりとも彼らしい個性が聴かれたであろう。私の印象では、第4楽章の「アダージェット」が、新日本フィルの弦の豊麗さを存分に発揮した演奏で、全曲の白眉だったと>>私もそう思います。

ただ、(私はあくまで、一般の人間、一般聴衆としての話ですが、)エルガーの二ムロットをあんなに’こてこてに’説得力を持たせてやって、メインの第4楽章のアダージェットが意外にあっさりにも聞こえました。音楽の起伏(感情の起伏)は、聞き方にも依ったのでしょうが、やや同じ構造になった曲想に思えるのに。

感情の起伏をより強く優先するなら、アダージェットは、全体の質感を尊重するなら、もう少し濃くなるはず。けど、それを意図して避けているように、アダージェットの終わり部分に近づくにつれ、追悼曲とのバランスも考えたようにも聞こえてならなかったです。

またさらに、二ムロットと葬送行進曲は、一体構造となっていて、音楽の進行に伴い、かえって本来のこの作品の質感に変化していったように聞こえてならなかったのです。

そこで思うに、3月11日の正式プログラムの演奏、全体の質感は、どうなっていたのでしょうか。

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海外のよそ様では、ブラームスの悲劇的序曲とマーラーの5番を1セットにするプログラムもあるから、そもそもこの作品の質感(しっとり感)って柔軟性の高い作品なのかも。そう思ったりもし。
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ハーディングの派手にやろうとすることを避けていることは、秀逸です。
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ともあれ、追悼曲とアダージェットのコントラスト、面白かったし、とても興味深い関心を心に抱きました。
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<<ハーディングは、今夜も終演後に、着替えもしないまま、いち早くロビーに出て来て、募金活動の先頭に立った。>>、僕もお金拠出しました。
自分が<人様のために>一体どんな貢献を果たすことができるのか。考えることが真摯に思うのでしょうね。
<異心同体>、(身体は異なっても心は同じ。)という言葉があります。廻りの人も同じ心を共感したのを学んだのでしょうね。
仕事より大切なものを。とてもかけがえのないものを人として生きている限り、忘れないで頂けるとうれしいです。

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