2019-08

6・20(月)小泉和裕指揮東京都交響楽団

   東京文化会館大ホール  7時

 生誕200年にあたる作曲家リストの特集で、「ピアノ協奏曲第2番」と「ファウスト交響曲」が演奏された(小泉和裕は4月に大阪センチュリー響定期でも同じプロを指揮したはずである)。

 協奏曲での今日のソロは、ドイツ生れのマルクス・グローだ。豪快強靭なピアニズムだが、決して怒号しているといった演奏ではなく、自然な流れの中にメリハリを利かせ、スケールの大きなヴィルトゥオージティをつくり出して、痛快で気持のいいリストを聴かせてくれる。
 この人、エリーザベト・コンクールにも優勝した41歳の中堅で、結構幅広く活躍しているのだが、そのわりに日本では知る人ぞ知る的存在なのがもったいない。アンコールは、同じリストの「ワレンシュタットの湖畔で」。

 後半は「ファウスト交響曲」。東京のオケが定期でこれを取り上げるのは、今年1月の下野竜也と読売日響以来であろう。
 長大な上に手が混んでいて渋い曲で、そうそう取っ付き易いものではない。もっとも、半世紀前までのわが国では、ブルックナーの交響曲も似たようなイメージで受け取られていたものだ。この「ファウスト」も、いつか人気曲になる時代が来るだろうか?

 だがこの曲、標題音楽的にもよく出来ていることは事実だ。たとえば第3楽章「メフィストフェレス」など、ファウスト(第1楽章)の主題を嘲笑して弄ぶような変奏や、その悪魔の諧謔の音楽が清純なグレートヒェン(第2楽章)の主題の再現により力を失って行くくだりなど、実に巧く描かれているのである。

 今日の小泉=都響の演奏は、あまり重くもなく、晦渋でもなく、明晰な響きで、この大交響詩を描き出した。第1楽章でのファウストは、思索のみでなく行動の昂揚にも燃えていたし、第3楽章での悪魔もスケルツァンドの雰囲気豊かに、皮肉な笑いを浮かべていた。

 高貴な性格を備えたテノール・ソロは福井敬、男声合唱は二期会合唱団。全曲最後の出番まで1時間近くもじっと舞台の奥の高い場所で待っているのは、さぞや疲れるだろうと心配になる。といって、その間、お茶を飲みながら待っているわけにも行かないだろうし。

コメント

大阪での同プログラム

お邪魔いたします。
冒頭に書かれています「大阪センチュリー交響楽団」は4月から名称が変わっています。「大阪」が「日本」になった訳ですが、もともと大阪の人間はただ「センチュリー」と呼んでいましたので、呼び方だけとれば何も変わりはありません。もっとも、組織運営についてはいろいろと変化が出てきます。そのあたりについては、同じプログラムで聴いた4月定期演奏会のレポート(URL参照)で少し触れています。

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