2019-07

6・17(金)ダニエル・ハーディング指揮新日本フィルハーモニー交響楽団
ブルックナーの「8番」

   すみだトリフォニーホール  7時15分

 ハーディングが、あの3・11の地震に東京で遭遇した後もなお1週間踏みとどまり、すぐにでもチャリティー・コンサートを開催しようとオーケストラに働きかけていたこと(建物の危険度、交通混乱などの事情から実現できなかったが)は、すでに聴衆の間にも広く伝わっているのだろうと思う。

 今日は彼がステージに登場した時から、早くもブラヴォーの声が飛んだ。そしてカーテンコールでは、何度も聴衆と楽員たちから彼への拍手が贈られた。
 終演後には、ハーディングは先日のMCOとの演奏会の時と同様、ロビーで募金箱を持ち、義援金募集活動の先頭に立った。ホールから出て来た多くの聴衆が、彼を取り巻く。指揮者と楽員・聴衆とが、これほど温かい気持で結びついた例は、かつてなかったことであろう。

 今日の定期は、ブルックナーの「交響曲第8番」(1890年稿ノーヴァク版)。
 ハーディングとしては驚くほどストレートな指揮で、いわゆる「ハーディング節」を予想(警戒?)していた向きには、些か予想外でもあったろう。
 彼がこの曲に取り組むのは今回が初めてである、とかいう話をどこかで聞いたような気もするけれど(定かではない)、もしそうだとしたら、とりあえずは慎重に構えたということか?

 ハーディングは、全曲をほぼイン・テンポで押し切った。また、特定の楽器を刺激的に強調して曲のバランスを変えるようなことも避けた。これはブルックナーの交響曲の場合、すこぶる好ましい姿勢である。
 ちょっと変わった趣向といえば、せいぜいスケルツォ(第2楽章)でのモティーフのたたみかけの頂点で音量を一瞬和らげ、クレッシェンドさせる手法を使っていたことくらいだろうか――このテは他にも使う指揮者もいるが、ハーディングのそれは、音量全体をメゾ・フォルテに落すのではなく、フワッと柔らかい音にしておいてからクレッシェンドさせるというところが特徴と言えよう。

 しかし、遅めのテンポで保たれた今夜の演奏は、全曲にわたり、些かも弛緩するところはなかった。とりわけ遅いテンポの第3楽章で保たれた緊迫感は、圧巻であった。この楽章では、弦も管も素晴らしかった。私の好きな、ワーグナー・テューバを中心とするあの4小節のコラール――その1回目(第67~70小節)など、特に美しかった・・・・。
 新日本フィルの、渾身の快演を讃えたい。

コメント

素直な心で、良い演奏でした。の一言です。
確かに、丁寧に飾らず取り組んだ演奏時間の長い演奏でした。
しかし、後々のいろんなオーケストラにおいて、丁寧に飾らず取り組んだ今回の解釈が、大いに活かされたものになるのでは。
また、<<曲のバランスを変えるようなことも避けた>>ことによって、今までの他の作曲家の作品に対する思い(解釈)も、基本は変わらなくても<<柔らかい>><<弛緩するところ>>のない安心した演奏を提供することに貢献するのでは。
だからこそ、できる限り続いて欲しい<<新日本フィルの、渾身の快演>>を期待することができるのでは。

そのためにも、寛容・大らかさ(平常心)って、新日本フィル側に求められると、私は思います。わだかまりは、ないことが、潤滑な更なる発展に貢献するからです。私は、そう思います。

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