2017-11

5・28(土)マルク・ゴレンシテイン指揮ロシア国立交響楽団

   サントリーホール  2時

 2002年からこのオーケストラの芸術監督・首席指揮者を務める、オデッサ出身のゴレンシテイン(公演表記の「ゴレンシュタイン」は独語読み。一柳さんの巻頭文での同表記も、編集者からの要請の結果らしい)の指揮。

 冒頭の「《ライモンダ》(グラズノフ)よりの3つの小品」が開始された瞬間、前日の演奏と比べ、まるで全く別のオーケストラであるかのように聞こえてしまった。
 ぎっしり目の詰まった緻密な響き、弦と管の絶妙なバランス、やや硬質だが艶のある音色、きりりと引き締まった表情――芸術監督が指揮している時だから当然だが、これこそがこのロシア国立響の本領であろう。
 ショスタコーヴィチの「チェロ協奏曲第1番」のソリストにはアレクサンドル・ブズロフが登場して、これも楽々と鮮やかな演奏を披露した。

 しかし、これらの快演も、プログラム後半のラフマニノフの「第2交響曲」での圧倒的な演奏の前には影が薄くなったほどだ。第3楽章における深い憂愁、終楽章大詰めでの怒涛のごとき昂揚など、見事の極み。久しぶりにこの曲の醍醐味に浸れたという感である。
 最後にアンコールのような形で、「被災者ニ捧ゲマス」というゴレンシテインの日本語挨拶とともに、ラフマニノフの「ヴォカリーズ」が情感豊かに披露されたが、これはすこぶる「泣かせる」演奏だった・・・・。

 それにしても、ここに聴くロシア国立響は――昔スヴェトラーノフの指揮で何度も聴いたあの同じオーケストラとは、とても思えないほどである。
 あの大地の底から湧き上るような、轟くような重量感たっぷりの力感といったものは、もはや無い。
 メンバーも、当時から在籍しているのはもう数名しかいないとか(ゴレンシテインの話)。

 その代わり、明晰で機能的な、重苦しくはないが独特の陰翳を備えた音楽性が満ち溢れている。1990年代以降、ニュー・ロシアとなってからのあの国のメジャー・オーケストラは――プレトニョフ率いるロシア・ナショナル管などその嚆矢ともいうべき存在だが――多かれ少なかれ、そういった特性を備えはじめていた。この名門ロシア国立響も、スヴェトラーノフが去ったあと、同じ道を辿っているようだ。
 
  音楽の友7月号 演奏会評

コメント

プログラムには一柳さん署名で「来日は90年以来21年ぶり」とありました。ご存知のように最後の来日は97年です。こうした過ちは印刷物として残るので困りものです。

演奏ですが、スヴェトラーノフ時代を懐かしむ者としては別物のオーケストラになっていました。オーケストラの伝統とは何かを考えさせられました。

木管は良くブレンドし、金管も軽めですが良かったと思います。しかし弦楽器の音の汚さはどうしたことでしょうか。ラフマニノフの第3楽章があれほど無残に響いたのは聴いたことがありません。LD席のせいとも思えません。

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