2017-11

5・23(月)ペトル・ヴロンスキー指揮読売日本交響楽団

   サントリーホール  7時

 来日キャンセルのズデニェク・マーツァル(マカル)に代わり指揮台に立ったのは、同じチェコの指揮者ペトル・ヴロンスキー。1987年に一度客演したことがあるそうだが、私は初めて聴く。
 プログラムはモーツァルトの「ピアノ協奏曲第24番」(ソロは清水和音)と、マーラーの「交響曲第5番」。

 「代役なのに」オケをギリギリ猛烈にしぼりあげると楽員がブーブー言ってる、とかいう話を事前に聞いたが、なるほどこれは相当細かいところまで念入りにつくり込む指揮者だ。演奏を聴いた感じでは、練習でもかなりうるさかっただろうと思う。
 オケは大変かもしれないけれども、たまにはこういう人に来てもらうのもいいンじゃないでしょうか? 
 最近ではむしろ稀なタイプの、重厚壮大志向の音楽をつくる指揮者である。

 マーラーでは、管のソロには、時々オヤと思うところもあり、合奏全体のバランスにも完璧でないところもあったが、少なくとも演奏の細部のニュアンスに関しては精妙緻密に仕上げられていた。たっぷりとした響きがつくられているため、管弦楽の咆哮も硬い絶叫にならず、音楽がヒステリックに陥ることがない。充分にスケールの大きな演奏の「第5番」であった。

 なお、今回は第3楽章でのオブリガート・ホルンは、その時だけ下手側後方、ホルン群の横に移動して、起立したまま吹いていた(なかなか壮烈なソロだった)。ここは、指揮者の横まで出て来て、ここだけコンチェルトのように立って吹くというケースもある。新しいマーラー協会版スコアは「何処に立て」とまでは指示していないようだが、いずれにせよ視覚的効果も含めて好悪の分かれるところであろう。変化があって面白いけれども若干気が散る、ということもある。

 そして、ヴロンスキーの採るテンポはかなり遅い。
 モーツァルトをあの遅いテンポで重々しく演奏されると、いかにハ短調の曲であっても、私にはどうにもついて行けないものがある。
 だが、これに続いて、演奏時間80分という遅いテンポのマーラーの「嬰ハ短調」を聴いてみると、そこに特別な意味も感じられるようになる。思えば、ヴロンスキーが慟哭にも似た表情の遅いテンポを採った第1楽章「葬送行進曲」こそ、この「第5番」の中心コンセプトなのであり、この一夜のプログラムの核ともなる存在だったのだ、と――。

コメント

ブロンスキー、ブラヴォー!!!

あんな濃厚なマーラー、バーンスタイン以来!!!
愛の絶叫、死の慟哭!!!
若手のアッサリマーラーとは正反対!!!
次はぜひ9番と6番を!!!

・・・と熱くなってしまうほどの、「熊の踊り」でした。

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