2017-11

5・14(土)アレクサンダー・リープライヒ指揮
紀尾井シンフォニエッタ東京

   紀尾井ホール  2時

 韋駄天アレクサンダー、飛ばし屋リープライヒ。
 厭味で言っているわけではない。ベートーヴェンの、特に「第7交響曲」の第4楽章など、疾風怒濤の驀進テンポだ。この曲はそうした性格をも持っているし、演奏でも音楽の形は崩れていなかったから、結構であろう。オーケストラも奮闘した。

 紀尾井シンフォニエッタ東京のこの定期は、ベートーヴェン交響曲全曲ツィクルスの一環で、今日は序曲「コリオラン」に、交響曲の「第8番」と「第7番」というプログラムである。
 長身のリープライヒは、ステージに現われて答礼したかと思うと、振り向きざまに「コリオラン」の冒頭のユニゾンを振り下ろす。その小気味良いスピーディな動作がそのまま音楽にも反映し、速いテンポと鋭角的なリズムで畳み込んで行く、痛快極まるベートーヴェン演奏となった。

 だがリープライヒ、何が何でも一瀉千里という指揮ではない。「第7番」第1楽章再現部に入って間もなくの、音楽がリズムの乱舞を止めて陰翳を帯びる個所では、弦を大きく表情豊かに歌わせて憂愁感を出そうと試みる(これは故・朝比奈隆が92年の演奏で成功した手法だ)など、なかなか芸の細かいところも持っている。
 欲を言えば、あそこで弱音の木管群がピタリと決めてくれていれば、極めて感動的な一瞬になったと思うのだが・・・・どうやら今日の1番オーボエは、この指揮者との相性があまり良くなかったらしい(?)。

 弦8・6・6・4・2型、2管のオーケストラは、全曲目で大熱演。
 ただ、今回は2階席中央下手側前列で聴いたのだが、トランペットとフルートが高音域のフォルティシモを吹くと、オーケストラ全体がその二つの楽器にマスクされてしまい、すべてがダンゴ状の響きになってしまうという現象が感じられた。
 基本的に、全体に管が強く、弦が弱い。「7番」第4楽章など、極論すれば、「管ばかり聞こえる」という印象もあったのである。8型の弦に対する管のこの大音量というバランスは、基本的に無理ではなかったかという気もする。

 しかし、こういうバランスは、聴く位置によって異なるものだ。今回も1階席で聴いたとしたら、もっと弦がはっきり出て、管楽器との遠近感が明確になっていたかもしれない。
 いずれにせよ、このホールでのオーケストラのフォルティシモの難しさは、どうも未だ解決されていないようである。

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