2017-10

旅行日記 第1日
12・6(木)小澤征爾指揮 「タンホイザー」パリ・プレミエ

 パリ国立歌劇場 オペラ・バスティーユ

 オザワが登場するたびに、客席が厚い音の拍手とブラヴォーで沸き返る。そればかりではない。各幕の初めに彼がオーケストラ・ピットに入って来ると、パリ・オペラ座管弦楽団の楽員たちが一斉に床を踏み鳴らして歓迎する。全曲が終ったあとのカーテンコールでは、オザワがオーケストラのメンバーを立たせて答礼させようとしたが、だれも応じずに笑顔でいつまでも拍手を続け、彼を讃えていた。合唱団さえ、一斉にオザワに拍手を贈るという賑やかさだ。愛するオザワがよく帰って来てくれた、というパリの雰囲気が如実に感じられ、こちらも嬉しくて胸が熱くなる。
 この温かい雰囲気は、ウィーンと比べて、何と大きな違いであろう。小澤さんがもしウィーンでなく、パリを活動の本拠にしていたら、その世界的名声はどれほど高まっただろうか、と改めて感じないではいられない。今からでも遅くはない、彼の本来の良さを全く発揮できない環境にあるウィーンなどとは早く訣別して、自らの個性に合った天地を求めてほしいものだ。これは、私の持論なのだが。

 パリと小澤さんの相性の良さは、昔からだ。1974年10月に彼が新日本フィルを率いてシャンゼリゼ劇場で演奏会を行なった時、天井桟敷に陣取った若者たちがそれこそ熱狂的な歓声を彼に送り続けていたのを、私は現場で目にしたことがある。彼がパリ・オペラ座にデビューしたのはそれから5年後のことだが、以来コンサートと併せて、幾多の成功を収めてきたのは周知の事実。レコードでも、パリ管弦楽団とのチャイコフスキーなどを聴くと、ドイツのオーケストラとの演奏に比べて彼の瑞々しい表情がはるかに見事に発揮されていたし、彼の丁寧な音楽づくりが最良の方向に生かされていたことが感じられるだろう。

 ところでこの日は、3月の「東京のオペラの森」との共同制作によるプロダクションのプレミエとなるはずだったのだが、劇場の舞台関係スタッフのストのためにオペラとしての上演は不可能となり、セミ・ステージ形式での演奏という事態になってしまっていた。
 それでも客席がほぼ満員状態だったのは、まず音楽だけでも聴こう、という人々が如何に多かったかを示すものだろう。つまり、オザワの指揮を聴こう、ということを意味していたのではなかろうか。
 負け惜しみではないけれど、私自身も、今回の目的は、われらの小澤さんがパリでどのような反応を得ているかを実地に知ることにあったし、それにあのロバート・カーセンの「画家タンホイザー」の、非常に巧いが非常にくどい演出をあまり好きではないので、存分に音楽そのものに没頭することができたのは、むしろよかったと思えたほどであった。

 オーケストラは前述のようにピットに入り、舞台の上にはたった一つ、ハープが1台置かれている(つまり、画家タンホイザーではなく、オリジナルのように「吟遊詩人タンホイザー」のイメージなのである)。
 歌手たちはごく普通の服装で(もちろんヌードモデルなどは出てこない)適当に演技をつけながら歌う。第2幕など、「大行進曲」と共に登場した合唱団員は、最初は何をやっていいか判らないような様子で互いに顔を窺いながら動いている雰囲気だったが、歌合戦の場でシュテファン・グールド(タンホイザー)がマティアス・ゲルネ(ヴォルフラム)を相手に真剣な荒々しい演技を始めると、全員が俄然熱の入った芝居を見せ始め、セミ・ステージといいながらもすこぶる迫力のある舞台を創り上げていった。
 第3幕のラストシーンで、合唱団員が一斉に舞台奥を振り向いたのは、タンホイザーの絵を全員が鑑賞して絶賛するというこのカーセンの演出が入っていた証拠だろう。その他の主な配役は、領主へルマンをフランツ=ヨーゼフ・ゼーリヒ、エリーザベトをエファ=マリア・ウェストブレーク、ヴェヌスをベアトリス・ウリア=モンゾン。みんな、なかなかすばらしい。音楽的に非常に水準の高い上演であったことは疑いない。

 小澤征爾の指揮は、「バッカナール」の頂点で圧倒的な盛り上がりを聴かせたほか、特に各幕の最後では力に満ちた昂揚を創り出した。第3幕最後の部分は、東京公演でもそうだったが、このオペラの数多い演奏の中でも最も堅固な壮大さに包まれた瞬間だったと言っても誇張にはならないだろう。彼は昔カラヤンから「最後のクライマックスで全身をぶつけろ」と指導されたというが、それは小澤の音楽に常に生き続けているように思う。

 なお、日本では「ステファン」と表記されているグールド、もともと彼はアメリカ人なので、「スティーヴン」と呼ぶのが正しいだろうと思っているのだが、彼自身はパリで関係者に「シュテファン」とドイツ風に呼んで欲しい、と語った由。

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