2020-05

4・19(火)新国立劇場 R・シュトラウス:「ばらの騎士」

  新国立劇場  6時

 崖っぷちから生まれた快演、というべきか。

 指揮者や主役歌手の一部交替という混乱を乗り切って、よくぞここまでやったものだと思う。これは、予想を遥かに上回る出来栄えであった。今夜は、5回公演のうちの4日目。
 4年前の6月6日にプレミエされたジョナサン・ミラー演出のプロダクションの再演だが、今回はこのオペラの「初演100年記念」という触れ込みが付いている。

 鳴り物入りで今回の上演への期待を盛り上げていたはずのアルミンクが、原発騒ぎで突然来日を中止(それでいながら欧州で別の仕事を入れたという噂だから、道義的に理解しかねるが)、新国立劇場が苦心惨憺して招いた代役は、同じオーストリアの指揮者マンフレッド・マイヤーホーファーという人。
 日本には未知の存在だったが、中堅として手堅い活動をしている指揮者のようだ。

 この人が思いがけず、好い。新日本フィルとの相性もすこぶる良かったようで、両者の呼吸も合って、期待以上の演奏を聴かせてくれた。
 第1幕の序奏部分はガサついた音だったけれど、第2幕最初のオクタヴィアン登場のあとの優美な個所では、あの夢幻的な「シュトラウス節」が存分に再現されていて、ハッとさせられた。
 そして第3幕大詰めの三重唱と二重唱の個所でのオーケストラの、何とも豊麗で柔らかい、甘美に流れ行く官能の美しさ! シュトラウスならではの、こういう叙情的な場面の音楽を雰囲気豊かに響かせた点においては、今夜の演奏は出色のものだったと言っていいだろう。

 元帥夫人は、当初予定されていたカミッラ・ニールントに代わって、アンナ=カタリーナ・ベーンケが歌った。ニールントは4年前のプレミエでも歌っていたから、今回の変更は、私にはむしろ幸いだった。
 前回の激しい気性を持つ表現による元帥夫人と異なり、ベーンケのそれは優しく落ち着いた気品があって、第3幕でオクタヴィアンを諦めるくだりの歌唱と演技にも、驚くほど細かいニュアンスがこめられていたのには感心した。その一方で、余計な詮索は無用とばかりオックス男爵を牽制する時の眼光など、あのニールントほどではないけれども、なかなかの凄味がある。
 正直言って、ベーンケがここまで見事な元帥夫人を歌い演じるとは予想していなかっただけに、今回は実に貴重な収穫であったと言える。

 オックス男爵には、予定通り来日してくれたフランツ・ハヴラタ。この人も千軍万馬の巧者だから、歌唱も芝居も、舞台を引き締めリードするに充分の力量を備えている。
 彼のオックスは、行儀は悪いが過剰に野卑でなく、ちっとも悪人ではなく、ちょっとコミカルで、愛すべき人物として表現されていた。だから、彼が第3幕で全員の指弾を浴びる場面など、単なる女好きのこの男、何もそこまでされなくても・・・・と気の毒になる。

 オクタヴィアンとゾフィーは、日本勢が代役を務めたが、この2人は本当に良くやったと思う。
 オクタヴィアンには井坂恵。時たま声がくぐもるような印象になるが、ベーンケを向うに回して一歩も譲らず健闘していたのは嬉しいことだ。
 ゾフィーの安井陽子も、期待通りの歌唱と演技。「平民の娘」としてのゾフィーの性格を上手く出していたし、声も良く伸びていた。

 ただ、惜しむらくはこの2役、メイクがあまりよろしくない。――といっても、プレミエの時のエレーナ・ツィトコーワとオフェリア・サラの時も同様だったのだが――何だかエライ老け顔メイクなのだ。
 特にオクタヴィアンは、髪の色に問題があるんじゃあないか? だから彼(彼女か?)は「女中」に「化けた」時の方が、ずっと愛らしく見える。
 いずれにせよ、井坂も安井も、代役で良いチャンスを掴んだと言えるだろう。これをステップにして、いっそう頑張っていただきたい。

 脇役では、小林由樹(ファーニナル)をはじめ、晴雅彦(公証人)、黒澤明子(マリアンネ)、加納悦子(アンニーナ)、高橋淳(ヴァルツァッキ)、長谷川顕(警部)ら、日本勢が実に好い演技で、手堅く歌っていた。
 プレミエ時に比べ、こうした脇役や助演者たち――テノール歌手(水口聡)の高音がうるさいと顔を顰めながら元帥夫人の髪をセットする理容師の原純の、いつに変わらぬ名演技を含めて――が今回は巧く、しっかり舞台を固めていたのも好かった。

 ジョナサン・ミラーの演出については、今回は省略するが、前回同様に私が非常に気に入ったのは、第1幕幕切れの場面だ。窓に雨が打ちつけ、煙草を手に窓外を見やる元帥夫人の孤独な姿と相まって、人生の流転を描くような雰囲気が創り出されていた。

 終演は10時15分頃。カーテンコールは10分近くに及んだ。成功だろう。

 なお、この上演のためのリハーサル(オケの下振り)は、沼尻竜典がスケジュールを調整しつつ受け持ったとのこと。彼もびわ湖でこの曲の快演を聴かせた人だから、いっそ彼が本番も振ったらいいのにと思わないでもなかったが、マイヤーホーファーが意外に良かったので、まあそれはそれ。沼尻には、未だ時間がたっぷりある。

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まあしかし、来日予定していた演奏家が来なくなるのも、日本の原子力発電の安全対策に欠陥があり、その結果招いた種々の被害と不安ですからニャあ。来ない演奏家を非難、来た演奏家を賞賛という問題ではなくて、日本はむしろ世界に対してあやまあらなくてはいけないのではないでしょうかニャあ。そもそも危険が皆無とはまだまだいえない状況にあって、日本が招いた原因を棚にあげて、沈没しそうな船に一緒に乗ってくれるか、くれないか、をはかりにかけるのは、それこそ道義に反する気がするニャリよ、ねこの場合・・・。そうでなくたって、いつまた大きな地震が来て身に危険が及ぶかもしんニャい、とびくびくして歩いとるニャリよ、ねこも。

アルミンク、急なキャンセルにも関わらずちゃっかりどこか他で仕事見つけてたんですか?2月末から一ヶ月強に渡ってずっとトリノで、最近の指揮者には珍しく、じっくり腰を据えて仕事してるんだなと好感持って見ていたのですが。

このリバイバル公演の初日に行きました。
アルミンクが降板したこと、非常に大きな課題(問題)です。人間性を問いたくなる面、根強くあります。禍根を生むでしょうね。本人は困らないでしょうが。ちやほやされながら生きてきたまた当たり前だった’’御曹司としての甘え’があるのでしょうね。
正直、しばらく来なくていい。辞めてもいいです。会員は、続けるけど。もう、いいわ。
ニールントの降板、彼女にとっては正解。過密スケジュール、無理して日本に来る事ない。仕事の容れ過ぎ。
ハウラタとベーンケさん。まったく違った作品で、再演演目として、2年から5年後に<<Wozzeck>>やって欲しい。ミュンヘンの著作権が許せば。対極的な作品で是非、違う持ち味を。真面目に観たいです。
最終公演、母親を富山から呼んで、この作品を見に行きます。元々買ってあったのですが。
カバー歌手から、チャンスを得た女性陣二人、再演上演の、またまた、ホモキの’フィガロ’でチャンスを。
代役のマンフレッド・マイヤーホーファー指揮、よく劇場の音の鳴り方を把握していて、とても好感を持ちました。
アルミンクさん、猛省した方がよいです。はっきり、云って<<いらん>>。当分来なくて良い。怒っています。人を大切にできないなら、信用も信頼もありません。自分の都合の良い情報を恣意的に取り入れていると、人に感謝されない人になります。
有名になりたい時ほど、自分の足元は大切に。猛省してから来日を。

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