2019-08

2・23(水)東京二期会 R・シュトラウス:「サロメ」2日目

   東京文化会館大ホール  2時

 2日目の公演で、昨日の初日とは別のキャストによる上演。
 大隅智佳子(サロメ)、片寄純也(ヘロデ)、山下牧子(ヘロディアス)、友清崇(ヨカナーン)、大川信之(ナラボート)、田村由貴絵(小姓)ほか。
 つまり、一昨日に観たGPと同一の顔ぶれだろう。

 全体としては、昨日の組より声がよく出ていたように思う。題名役の大隅智佳子は有望で、期待できる。
 歌手たちの声が比較的よく伸びていたせいか、ショルテスと東京都響も、今日はある程度安心して「鳴らせた」ようである。特に全曲の大詰めでは、あたかも鬱憤を晴らすように、豪快に咆哮して締め括った。――本来ならこのくらいの音量が「通常」であるべきなのだが、まあ致し方あるまい。

 上演についての細かい出来栄えについては、「グランドオペラ」誌に掲載する手前、ここではここまで。

 今日はマチネーのため、客層の所為か、ブーイングがほとんど出ない。しかし、ブラヴォーもさほど大きくない。拍手が続くだけである。予想通りだ。
 コン氏は、昨日のブラヴォーとブーイングが交錯する嵐の中で、客の反応の大きさに至極満足だったという話だ。とすれば、今日はさぞかし拍子抜けだったことだろう。

 しかし終演後には、彼のアフタートークが1時間におよび開催され、そこで彼の演出についてのいつもの持論が披露された。最後に聴衆からの質疑応答が行われたが、こういう場所にありがちな、質問の前に自己の所論を長々と述べる人や、感動だけを叫ぶ人の発言に時間を占められてしまい、もっと多くの聴衆からの疑問や質問が聞けなかったのは残念であった。

 一昨日の舞台写真とは別にもう一つ、例のヨカナーンの生首が宙に上って行く場面の写真を入れておく。舞台前方にサロメと、「預言者としては死んだが、サロメを愛する男としては生きた」ヨカナーン。2人はこのあと手を携えて、この閉塞された世界から脱出して行く(少なくとも、そう夢見る)。舞台後方には、「夫婦としての平和をとりあえず取り戻した」ヘロデとヘロディアスがいる。

           Photo: M.Terashi

      グランドオペラ2011年春号

コメント

マツコ・デラックス風へロディアス

第三日目(2/25)公演に行きました。
コンヴィチュニーらしいいつもの「社会秩序崩壊」・「倒錯した性」・「脱出による救済」の三点セットで、またやっているよと云うちょっと既視感が強く、やや醒めた目で見てしまいました。
人間、視覚的には強い刺激にはすぐ慣れてしまうのか、より過激なものを期待して次の場面を待ち、期待はずれによる失望感から、演出家が訴えたい本質を読み取ろうと云う努力を投げ出し、TVや娯楽映画を眺めているかのような自分のパッシブな内面に怒りと驚きを感じながら・・・。コンヴィチュニーさん、ごめんなさい!
サロメ(林)は線は大熱演だが線が細く、ヨカナーン(大沼)もいい声でしたがスケール感に欠けたのはある意味演出意図に沿ったものだったのかもしれませんが、東条先生ご指摘の初日同様に、オケはイマイチ音圧に欠け、結果的に音楽からは倒錯した官能性が感じられず肩透かしを食らった印象で残念でした。
なお、マツコ・デラックス風へロディアス(板波)の体当たりの下品さは抜群の演技力で、日本人にもこんな「舞台歌手」がいたのかというのは新鮮な驚きでした。

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