2020-02

2020・2・20(木)アンネ=ゾフィー・ムター 協奏曲の夕べ

     サントリーホール  7時

 「サントリーホール スペシャルステージ2020 アンネ=ゾフィー・ムター~ベートーヴェン生誕250年記念~」と題された4回の演奏会、その初日。
 クリスティアン・マチェレル指揮の新日本フィルを「したがえた」ムターは、ベートーヴェンの「ヴァイオリン協奏曲」と「三重協奏曲」を弾き、その間にソロ・アンコールとしてバッハの「無伴奏パルティータ第2番」からの「サラバンド」を弾いた。

 濃厚艶麗なムター節が炸裂したニ長調の協奏曲は、満員の聴衆を文字通り熱狂させたが、演奏にはやや放縦なところもあり━━いや、それでは言い過ぎかもしれないから、自由な感興、とでも訂正しておこうか━━私は少々呆気にとられながら聴いていた次第だ。
 もっと言えば、彼女が指揮者の尻を叩くような演奏に聞こえてしまったのだが、これは私がこの指揮者のベートーヴェンに少々苛々していたから、そんな風に聞こえてしまったのかもしれない。

 何しろこの指揮者は━━多分今日だけのことだろうが━━オケの音量を抑え、内声部の木管の動きを抑制し、ヴァイオリン群などの高音域をくぐもった音にしてしまっていたので、冒頭の「コリオラン」序曲など、えらくひ弱なものに聞こえたのである。
 ニ長調協奏曲でも、管弦楽パートは力感のない、自己主張のない、単なる「伴奏」に堕したような響きになっていた。ただその代わり、ムターのヴァイオリンのソロを管弦楽パートの上に見事に浮き上がらせ、あの濃厚な音色を余すところなく発揮させる役目は果たしていただろうと思われる。

 しかし面白いことに、指揮者のこのオケの鳴らし方が実に効果的だったのが、「三重協奏曲ハ長調」だ。
 徹底的に高音域を抑制して中低音を分厚く響かせたサポートが、ヴァイオリン(ムター)、ピアノ(ランバート・オルキス)、チェロ(ダニエル・ミュラー=ショット)のソリを見事にクローズアップして、「オーケストラのオブリガート付きトリオ」とでもいう形をつくるのに成功していたのである。ナマ演奏で、これほどピアノがオケに消されずに響かせられた「三重協奏曲」の演奏も珍しいのではないか。

 その意味では、このマチェラルという人は、伴奏指揮者としては稀有な才能の持主であろうと思われる━━嫌味に聞こえたら御容赦ありたい。彼の指揮に慣れた新日本フィルも、「コリオラン」の時とは打って変わって、「三重協奏曲」では見事なほどの個性的な音色を響かせた。さすが上岡敏之に鍛えられたオーケストラのことだけはある。

 それにしても、この「三重協奏曲」での3人のソリストたちの演奏は圧巻だった。ミュラー=ショットの切り込むような闊達さ、オルキスの滋味豊かで温かい表情。そして何よりムターの存在感が圧倒的で、指揮者・オケも含めた全員をリードして音楽を展開して行くといった演奏だ。第1楽章の展開部の終りにかけ、みるみるテンポを速めて盛り上げて行くあたりの彼女のリーダーシップには、息を呑ませるほどの迫力が感じられたのである。
 今夜の白眉は、間違いなく、この「三重協奏曲」だった。

2020・2・21(金)METライブビューイング「アクナーテン」

     東劇  6時30分

 フィリップ・グラスのオペラ「アクナーテン」、昨年11月23日のMET上演ライヴ映像。
 作品自体は1983年のもので、1984年にシュトゥットガルト州立劇場で初演されていた。ただし今回のフェリム・マクダーモット演出によるプロダクションは、イングリッシュ・ナショナル・オペラとロサンゼルス・オペラのために制作されたもの (originally created by)と、METのSEASON BOOKには記載されている。

 題名の「アクナーテン」とは、紀元前14世紀の古代エジプト第18王朝のファラオであるアクナーテン(=太陽神アテンの魂 アメンホテップ4世の別名)を指す由。彼はそれまでの多神教を廃し、一神教を推進した王だとのこと(国内パンフレット掲載の前島秀国氏の解説に由る)。
 この上演では、そのアクナーテンをアンソニー・ロス・コスタンゾ(CT)、その妻ネフェルティティをジャナイ・ブリッジス(Ms)、太后ティイをディーセラ・ラルスドッティル(S)、アメンホテップ3世(亡霊)をザッカリー・ジェイムズ(Bs)他が歌い演じ、女性指揮者カレン・カメンセックが指揮した。
 この演奏の見事さ、歌手陣の素晴らしさは驚異的である。

 フィリップ・グラスの音楽には、私も一頃は猛烈に凝ったものだが、しかし最近は、その熱も少々冷めつつある、というのが正直なところだ。
 一方、舞台の方は目を奪う壮麗さで、トム・パイの美術&プロジェクション・デザインと、ケヴィン・ポラードの衣装デザインが凄い。ただし人物の演技は、演技というよりは象徴的な動作の連続で、すこぶる重厚な迫力を感じさせる。とはいうものの、それらとて正味2時間20分の長さを保たせるのは、そう簡単なことではない。

 しかし、例えば第3幕終結に近い「反乱の場」と「アクナーテンの没落の場」におけるように、次第に量感を増して行くミニマル・ミュージック特有の押しの強さや、ゆっくりだが不気味な迫力を示す人物の動きなどにより主人公の壮絶な悲劇が描かれるあたりはやはり物凄い。そういうところは、まさにフィリップ・グラスのオペラの本領と言えるだろう。

 なお、幕切れのエピローグの場面で、時代を現代の歴史博物館にスリップさせるという洒落た手法が採られているのが面白い。
 全編で繰り返されるジャグリングは、派手な見ものだが、これはまあ、ミニマル・ミュージックの音のイメージを視覚化したもの━━程度の意味しか、私には感じ取れなかった。
 終映は10時頃。

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