2019-11

2019・11・10(日)沼尻竜典指揮東京交響楽団

      ミューザ川崎シンフォニーホール  2時

 モーツァルトの「2(3)台のピアノのための協奏曲へ長調K.242《ロドロン》」と、ショスタコーヴィチの「交響曲第11番《1905年》」が、沼尻竜典の客演指揮で演奏された。コンサートマスターは水谷晃。

 協奏曲を弾いたのは、ユッセン兄弟という不思議な2人。兄のルーカスは26歳、弟のアルトゥールは23歳、一見双子かとも思えるようなよく似た青年同士。ステージでの動きも躍動的で、あまりクラシック系の音楽家のように見えぬところが面白いが、演奏そのものは、特に新しいスタイルを創り出すといった段階には未だ至っていないようだ。

 もう少し、はじけた何かが出て来ればユニークな個性が備わるのではないかと思うが━━ゆえに今日はアンコールで弾いたイゴール・ロマ(ピアニスト)の編曲になる「シンフォニア40」とかいう、モーツァルトの「交響曲第40番」の第1楽章をモティーフにした素っ頓狂なデュオ曲の方が余程面白く、こういうポップな音楽の方に彼らの良さが出て来るのかな、とも思いながら聴いていた。

 後半は、ショスタコーヴィチの交響曲「1905年」。
 とかく流れが曖昧になりかねない第1楽章で、沼尻が極めて明確な形式性を創り出していたのには感心。ただ、東響の金管に不安定な個所が2つばかりあったおかげで、気分的に水をさされたような感も否めなかったし、また終楽章のコール・アングレの歌の部分ももう少ししっとりした哀悼感が出せなかったかとも思う。

 しかし、そういう細かいところは別として、全体としては東響も壮大な響きを出していたのは確かだ。銃撃戦の場面は、あまり凄愴ではなかったものの、音響的な迫力は充分だった。「同志は倒れぬ」の歌も美しい。そして終楽章の大詰では、沼尻も東響も、凄まじいほどの圧倒的な頂点を築いて行った。
 最後の1小節では、全管弦楽を停止させた後にも、2階席のオルガンの横の上手側に配置された鐘(チューブラー・ベル)の余韻を長く長く響かせて曲を結んでいたが、これはスコアの指定にはないものの、極めて秀逸な手法であった。

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