2019-11

2019・11・8(金)シフのベートーヴェン協奏曲ツィクルス

     東京オペラシティ コンサートホール  7時

 今年66歳になるアンドラーシュ・シフ、素晴らしい円熟ぶりだ。
 今回は、自ら編成した室内オーケストラ、カペラ・アンドレア・バルカとともに、ベートーヴェンのピアノ協奏曲全5曲のツィクルスを2日連続で開催。その2日目のプログラムは、「第1番ハ長調」と、「第5番変ホ長調《皇帝》」。

 特に緩徐楽章でのシフの演奏の表情の多彩ぶりは、本当に驚くべきものだった。そこではまるでベートーヴェンが寛ぎ、朗らかに笑い、瞑想し、振り返って私たちに微笑みかけるかのよう。
 たとえば「第1番」の第2楽章で、第67小節から音楽が活気づき、少しリズミカルな曲想になる個所だが、そこではシフの演奏は、突然、思ってもみなかったほど解放的になり、愉しげに飛び跳ねるような、陽気な表情に変わって行ったのだ。

 私はそこでほんの一瞬だが、ベートーヴェンの「第3ピアノ協奏曲」の初演の際にその譜めくりを頼まれたザイフリートが書き残している一文を思い出してしまった━━そこには、「ほとんどが空白か、わけの解らぬ象形文字ばかりが記された譜面を見て自分が慌てふためいていた様子を、公演後の夜食の時にベートーヴェンが面白がって皆に話し、腹をかかえて大笑いしていた」という光景が報告されているのである。

 こんなふうに、曲のあちこちにベートーヴェンの顔が見える、というような演奏に出合うことは、滅多にない体験ではなかろうか。

 至福の演奏が終ったあとで、シフとオーケストラは、前日のプログラムに含まれていた「第4ピアノ協奏曲」から、第2楽章と第3楽章を再び演奏した。更にそのあとにもシフは、オーケストラを板付きにしたまま、「ソナタ第24番」を2つの楽章とも全部演奏してくれた。私としては、聴き逃した前日の「4番」を一部ではあったが取り返したようなものだったから、大いに気を良くした次第である。しかもその「4番」の演奏の、何と深みがあって、しかも堂々たる風格を感じさせたこと! 
 協演のカペラ・アンドレア・バルカは小編成ながらも、重厚で剛直で揺るぎなく、大編成のオーケストラをさえ凌ぐ威容を示していた。

 ちなみに前日のアンコールには、「皇帝」の第2楽章と第3楽章、それに「葬送ソナタ」の第3・4楽章が演奏された由。翌日のメイン・プロたる「皇帝」を前日にアンコールで(抜粋ながら)演奏するという想定外の出来事には、皆びっくりしたそうだ。従って、今日は何をやってくれるかなということが、開演前からすでにロビーで話題になっていた。

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