2019-11

2019・11・3(日)田尾下哲演出の「カルメン」

    愛知県芸術劇場 大ホール  2時

 「愛知芸文フェス」の一環、「グランドオペラ共同制作」として愛知県芸術劇場、神奈川県民ホール、札幌文化芸術劇場、東京二期会、名古屋フィル、神奈川フィル、札響が制作に名を連ねたビゼーの「カルメン」。既に10月の横浜での2回の上演を終り、今日が名古屋公演の2日目である(札幌は来年1月になる)。

 今日の指揮は、横浜公演と同じジャン・レイサム=ケーニック。オーケストラは名古屋フィル(コンサートマスターは後藤龍伸)、合唱は二期会合唱団と愛知県芸術劇場合唱団、名古屋少年少女合唱団。
 ダブルキャストの今日は、アグンダ・クラエワ(カルメン)、城宏憲(ドン・ホセ)、与那城敬(エスカミーリョ)、嘉目真木子(ミカエラ)、青木エマ(フラスキータ)、富岡明子(メルセデス)、桝貴志(モラレス)、大塚博章(スニガ)、加藤宏隆(ダンカイロ)、村上公太(レメンダード)という顔ぶれ。

 今回の「カルメン」の最大の特徴は、田尾下哲による、日本のオペラの演出には稀なほどの思い切った読み替え演出にあるだろう。
 読み替えとはいっても、ドイツ各地やロンドンあたりでよくやられているような、「何が何だか解らない」という「謎解きタイプ」の舞台ではない。METでマイケル・メイヤーが「リゴレット」をラスヴェガスでの事件として描き出したような、理解の容易なスタイルによるものだ。
 アルコア版楽譜が使用されていたが、台詞は大幅にカットされ、時には演出に合わせて変更されていた。歌詞は変更なしだが、字幕(田尾下自身による)表示に於いては多少の調整があったようである。

 今回作られたドラマは、ト書き上のスペインの煙草工場、リリアス・パスチャの酒場、山中、闘牛場の前━━という各設定を大幅に変更し、アメリカのショー・ビジネスの世界としている(と、演出家は書いている)。

 第1幕はクラブで、オーディション風景から開始されるという奇抜なアイディア。映画「コーラス・ライン」さながら、舞台上の「five,six,seven,eight!」の声に続いて「前奏曲」が始まり、それに合わせてダンスのオーディションが繰り広げられる冒頭にはニヤリとさせられるが、カルメンやミカエラが、オーディションを受けに来た「ミュージカル女優の卵」だという設定は、辻褄が合うだろう。

 第2幕「ブロードウェイ劇場」では、スターとなったカルメンが歌い踊る「ジプシーの踊り」や、人気の大スター、エスカミーリョが歌う「闘牛士の歌」が、観客を前にしてのショウ・ナンバーとして扱われ、以降は「客が帰ったあとの話」になるという設定には「やられた」という感。
 暗黒街と繋がる悪徳警官スニガを銃で脅して退散させたと思ったら、今度は警官隊が逆襲して来てカルメンたちが追い出されるというのは少々ややこしいが、それが第3幕の、一同が落ちぶれて、寂れたサーカス一座にいるという設定に繋がるようだ。
 そこでもオーディションが行なわれ、ミカエラがホセに会うため応募者に化けて一座に潜入し、見事なアリアで一同を感心させてしまう設定も気が利いているだろう。

 第4幕がいきなりアカデミー賞授賞式の劇場前になるのはあまりピンと来ないけれども、とにかくカルメンはエスカミーリョと共演する大スターとなっているらしい。テレビカメラ・クルーやレポーターを登場させる手法はペーター・コンヴィチュニーがウィーン国立歌劇場で演出した「ドン・カルロス」でもおなじみだが、このあたりの演技が実に細かく出来ていたのには感心した。
 そしてカルメンが殺されたあとに「劇場」から出て来たエスカミーリョが既に他の女性を同伴している様子に女性レポーターが唖然とする光景などがあって、ドラマが終る。

 ありとあらゆる要素を詰め込んだ芝居である。狙いはよく出来ているだろう。ただ、私の印象では、4つの幕の関連性は、必ずしも演出意図通りに理解できるとは言い難い。一種のオムニバス形式のドラマのように見えなくもないのだ。
 だが、メイヤーの「リゴレット」でさえも、第1幕以降はコンセプトが尻つぼみになっていた傾向なしとしなかったくらいだ。この「カルメン」も、未だ札幌上演が残っている。それまでにもう一工夫があれば。

 この演劇的な「カルメン」の舞台にあって、歌手陣も演技の面でも頑張っていた。カルメン役のクラエワは未だ真面目なオペラ歌手という雰囲気が残っていて、多少ぎこちないところも見られたようだ。
 なお、容姿抜群のダンサーがいきなり歌い出したのにはびっくりしたが、これはフラスキータ役の青木エマだった。この人は舞台映えする。

 しかし、最も感心させられたのは、合唱団である。歌唱もいいが、演技が素晴らしく上手く、主役たちの動きに対しても実に細かく反応する演技を見せてくれる。日本のオペラの合唱団は、近年目ざましいものがある。
 特に女声合唱団員は、演技もダンスも見事なものだ。ダンサーが大勢交じっているのかと思ったくらいだが、クレジットされている本職の踊り手は、たった6人だった。それに子供たちの演技も細かくて可愛い。配役表には「助演者」が載っていなかったので、そうするとレポーターもカメラクルーも野次馬も全て合唱団員がやっていたことになるのだろうが、それにしても巧かった。

 あえて不満を申し立てるとすれば、指揮者とオーケストラだ。この演劇調の「カルメン」なら、演奏には、もっと活気に富む、切れのいい、沸き立つような雰囲気が必要である。遺憾ながらケーニックの指揮は、どうも生真面目すぎる。
 また名古屋フィルも、何故か今日は、これまでステージ演奏で聴いていたのとは、まるで別のオケのようだった。響きは薄く、ソロにもまさかと驚かされるような頼りないところが二つ三つあったし。

 しかしともあれ、日本のオペラ上演におけるスタンダード・オペラへの新アプローチとしての試みとしては、これは非常に有意義なものがあったことは疑いない。
 残念だったのは、それほどの力作にもかかわらず観客の数があまりに寂しかったこと。入りは3分の1くらいだったか? 事前のPR活動をもっとやっておいたら、もう少し何とかなったのではないかと思うが━━横浜(神奈川県民ホール)では事前講座や入門用サンプル上演など、「関連企画」をかなり活発に開催していたし、札幌でも若干の開催予定があると聞くが、名古屋公演分に関しては、どうだったのか? 

 休憩2回を含め、終演は5時15分。

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