2019-09

2019・9・21(土)ハインツ・ホリガー指揮札幌交響楽団

     札幌コンサートホールkitara  2時

 80歳を迎えたオーボエの名手であり指揮者でもあるハインツ・ホリガー。2年ぶりの来日で、今回は日本の4つのオーケストラに客演し、異なったプログラムを指揮・演奏するという濃密なスケジュールが組まれている。その第1弾がこの札響との定期。

 その2日目の公演を、札幌への日帰りで聴きに行く。こんな疲れる予定は、好んで組んだのではない。この連休中には札幌でラグビーや女子バレーがあるためホテルが混雑し、宿泊料金も高騰し、新千歳空港のターミナルホテルに至っては1泊4万円(あのホテルが!)などという超狂乱価格なので、渋々日帰りにしたまでのこと。

 さて、そのホリガーの指揮だが、プログラムが実に多彩だ。
 最初にリストのピアノ曲{暗い雲」と「不運」をホリガー自身が編曲した「2つのリスト・トランスクリプション」。重厚暗鬱な響きを持った管弦楽曲である。
 この陰鬱さを、あたかも清澄な祈りで拭い去ろうとするかのように、バッハの「カンタータ第12番《泣き、嘆き、憂い、怯え》」および「カンタータ第21番《わが心に憂い多かりき》」からのそれぞれ「シンフォニア」が、ホリガー自らのオーボエ・ソロとともに演奏される。

 次がベルクの「ヴァイオリン協奏曲」で、曲中にバッハの「カンタータ第60番」のコラールが引用されているところに、前曲との関連性を持たせた所以であろう。ヴェロニカ・エーベルレが素晴らしいソロを聴かせてくれたが、ホリガーと札響の演奏が、この曲の「ある天使の思い出に」という副題をいつも以上にはっきりと想起させる温かさを滲ませていたことに、とりわけ強い印象を与えられた。

 休憩後の1曲目もホリガー自身の編曲作で、ドビュッシーの「燃える炭火に照らされた夕べ」による「アルドゥル・ノワール(黒い残り火)」という曲。これには20人ほどの編成の札幌合唱団が参加したが、合唱は単なる音色の効果としての存在にとどめられていたようである。
 さて、こうした一連の暗い曲調が、最後のシューマンの「交響曲第1番《春》」でどのように解決されるのか、聴く前までは半信半疑だったが、さすがはホリガー、一癖も二癖もあるシューマンで見事に全プログラムを総括して見せた。

 冒頭のファンファーレ的なモティーフからして、まるで「1841年自筆稿」のそれを思わせるような陰翳を湛えた音色だったのにはぎょっとさせられたほどで、以降もいくつかの個所で、その初稿から引用したのではないかとまで思えるような表情が聴かれたのである。
 終演後の楽屋にホリガーを訪ねて確認してみると、「そう、あれこそが、シューマンが最初に書いた、最初に意図したものだったのだよ!」と、身振り手ぶりを交えて、話が止まらなくなってしまった。

 ただ、使用した楽譜は初稿のそれではなく、現行版のそれだったのから、今回はホリガーの解釈が加えられた、かなり個性的な「1番」だったと言えたのはないか。
 全曲にわたり、開放的な表情はほとんどなく、むしろ憂いを含んだ「春の交響曲」━━「北国の春」とでもいうべきものだったろうか。

 札響の今日のコンサートマスターは田島高宏。なお開演前のロビーコンサートでは、先頃逝去した名誉指揮者ラドミル・エリシュカを偲んで、バッハの「G線上のアリア」とドヴォルジャークの「弦楽セレナード」の一節が演奏されていた。

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