2019-09

2019・9・7(土)セイジ・オザワ松本フェスティバル
ディエゴ・マテウス指揮サイトウ・キネン・オーケストラ

     キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館) 3時

 また松本へ。今年のセイジ・オザワ松本フェスティバル最終公演、「オーケストラB」の演奏会。

 今日はディエゴ・マテウスが指揮。シルベストレ・レブエルタス(1899~1940)の「センセマヤ」、モーツァルトの「ハフナー交響曲」、チャイコフスキーの「悲愴交響曲」、アンコールにチャイコフスキーの「エフゲニー・オネーギン」からの「ポロネーズ」。
 コンサートマスターは「ハフナー」のみ田中直子、他の3曲は豊嶋泰嗣が受け持っていた。

 最終日ゆえに小澤征爾総監督がサプライズで登場するのではないか、と誰もが内心期待していたが、残念ながらついに実現せず。
 10日ほど前には某有力筋から「もしかしたら」と知らされて、「ハフナー」あたりが匂うな、とも思い、一転して数日前には同じ筋から「可能性あまりなし」と情報が入りつつも、しかし前日は元気で練習に立ち会っていたという話を聞いて、それならもしや・・・・と、━━そのあとの今日なのである。現場にはテレビカメラも入っていて、地元はもちろん、東京や大阪の新聞社の記者さんたちもぞろぞろと━━と言った具合に、噂は二転三転していた。
 ただ、今日は終演後に打ち上げパーティがあったので、取材陣はそこで忙しく立ち回っていた。小澤さんは現れなかった。

 それはともかく、このベネズエラ出身のディエゴ・マテウスという若手。
 指揮者への好みが非常にうるさい(らしい)このサイトウ・キネン・オーケストラに、ファビオ・ルイージとともにこれだけ客演しているということは、よほど楽員たちから好まれているのか。それども小澤さんから気に入られているのか。
 私もこれまで彼の指揮を2回聴いている(☞2011年8月26日2018年12月5日)が、良くも悪くも、なかなか情熱的な音楽をつくる人である。

 今日の「センセマヤ」は、民族的性格の強い作品だからともかくとして、「ハフナー」は、古典派音楽の端整さよりも━━変な言い方だが、何かこう、ある種の土俗的な荒々しさに塗り替えた演奏というイメージを抱いてしまった。私にはあまり気に入らない演奏だったが、指揮者が自分のカラーをここまで押し出したモーツァルト演奏という点で、甚だ興味深かったのは確かである。

 その彼の強い個性は、「悲愴」で、極めて効果的な方向で発揮された。この曲の憂愁とか陰翳とかいった性格とは縁の遠い性格の演奏ではあるものの、曲の副題「パセティーク」の本来の意味である「感情豊かな」という言葉にはある意味で合致した指揮だったようだ。
 第1楽章の展開部から再現部にかけては激情の嵐だったし、第4楽章第2主題でも感情の盛り上がりが凄い。休止を挟みながら沈潜する個所になると、その緊張感を維持するのに今一つ、という感があるのだが、いったん情熱的な部分に入ると、本領を発揮する人のようである。
 とはいえ、第3楽章後半が、さながら勝ち誇った壮大な行進曲のようになっていたのには、解釈の上で疑問がある。演奏上の効果こそ絶大なものがあったが。

 指揮者への拍手はすこぶる大きかったが、しかしそれ以上に、サイトウ・キネン・オーケストラに対する聴衆の人気は、やはり圧倒的で、不変なものがあった。このオーケストラが良い演奏をしている限り、このフェスティバルもとりあえずは安泰と思われる。
 ただしこのオケは、あくまで小澤征爾という「錦の御旗」が存在するからこそ集まっているのだ、ということも事実なのだが・・・・。

 打ち上げパーティで愉しく過ごし、最終から1列車前の「あずさ」で帰京。今日は日帰り。
     (別稿)信濃毎日新聞
     (別稿)モーストリー・クラシック11月号「オーケストラ新聞」

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