2019-08

2019・8・4(日)フェスタサマーミューザ川崎 高関健指揮仙台フィル

      ミューザ川崎シンフォニーホール  3時

 ミューザ川崎を中心に開催されている真夏恒例の「フェスタサマーミューザKAWASAKI」,今年は7月27日に開幕、8月12日に閉幕する。

 出演のオーケストラは、例年は東京と神奈川のプロ・オケに、川崎市の昭和音大と洗足学園音大の各オケなどだったが、今年はゲストとして仙台フィルハーモニー管弦楽団が加わった。
 なおラインナップには、一昨日のゲルギエフとPMFオーケストラも入っているが、これはあくまで別格的存在という。同フェスタとしては、今後は毎年、地方都市オーケストラをも━━おそらく1団体ずつだが━━ゲストに招いて行こうという腹づもりのようだ。

 仙台フィルは、同団レジデント・コンダクターの高関健の指揮で登場した。プログラムは、ストラヴィンスキーの「サーカス・ポルカ」、チャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」(ソリストは郷古廉)および「交響曲第4番」。
 オーケストラは弦編成12-10-8-6-6の規模で、コントラバスを正面奥に並べた高関の好きな配置。ゲストコンサートマスターは三上亮。

 「サーカス・ポルカ」は、しかし何故か少々ユーモア感に乏しい演奏で、オーケストラの響き全体に仙台フィルらしい精密なトーンが不足し、ただ雑然とした音楽といった印象しか残らない。この巨大なホールのアコースティックに慣れないのか、練習不足なのか、それともサマーコンサートゆえに「寛いだ」のか? アンサンブルにはうるさい高関健の指揮にしては、予想外であった。

 そして実はその傾向は、メインのチャイコフスキーの「4番」の演奏にも聴かれたのである。確かに、部分的には、内声部の動きに面白い響きが生れていたり、いくつかの個所にふだんとは異なる音色やバランスのようなものが聞こえたり(これは彼に詳細を訊ねてみたいところだ)、楽曲全体の構築に高関健らしい「持って行き方の巧さ」が感じられたり、という良さがあったことは事実である。
 問題は、それにもかかわらず、音楽に、それぞれの音の間に、もしくは各パートの間に、何というか一種の不思議な「隙間」のようなものが感じられてならなかった、ということなのだ。

 だが、演奏の面白さ、というものはあった。特に「ヴァイオリン協奏曲」。
 これは、郷古廉の確信に満ちた、骨太で強靭な、しかも切れ味のいいソロによるところも多かっただろう。ハイフェッツやオイストラフが演奏したこの曲と同じく、甘美さよりも、むしろ堂々とした力と風格と押しの強さ━━それらはチャイコフスキーの音楽に本来は備わっている特徴なのだ━━が浮き彫りにされ、聴き慣れたこの協奏曲から新鮮なスリル感も引き出されていたのである。
 さらに郷古廉は、ソロ・アンコールにイザイの「無伴奏ソナタ第5番」の第1楽章を弾いたが、これも稀に聴くような強靭な力にあふれた演奏だった。

 オーケストラが最後にアンコールとして演奏したチャイコフスキーの「悲愴交響曲」の第3楽章には、笑った。
 シンバル2対を炸裂させるなど、威勢のいい演奏だったが、それだけではない。楽譜にうるさい高関ならまさかやるまいと思われた方法━━「序」の部分のあと、第1部を見事にカットして第2部のクレッシェンドに飛び、そのまま最後のクライマックスへ、というのを、本当にやってしまったのである。
 満員御礼の客席は、暑さを吹き飛ばすようなこの曲に沸き返った。「フェスタサマー」はこれでいいのかもしれない。
 ロビーに張り出してあった「アンコール曲のお知らせ」に、「第3楽章」ではなく、几帳面にも「第3楽章より」と書かれていたのには敬意。

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