2019-08

2019・8・1(木)ワレリー・ゲルギエフ指揮PMFオーケストラ東京公演

     サントリーホール  7時

 朝9時のJAL502便で帰京。札幌も異常に暑かったが、東京の湿気の強さに比べれば未だマシだった。札幌滞在中に何故か再発した腰痛の影響もあって、すこぶる意気消沈。
 9年前の坐骨神経痛に悩んだ時もそうだったが、腰痛の身には、サントリーホール2階客席の段差の大きさは、結構こたえるものなのである。今日は第2部のみ、上皇夫妻が2階RB席に臨席されていたが、あの階段の段差はお辛いのではないかと、毎度のことながら、はらはらさせられるのだ。

 今日の東京公演、プログラムはもちろん昨夜と同一。「牧神の午後への前奏曲」は、演奏時間も11分ほどに達していたようだから、やはり相当テンポが遅い方だろう。音楽全体を抑制し、静謐な神秘性の表出に重点を置いているようなゲルギエフの指揮だ。悪くはないが、ちょっと凝り過ぎではないか、という感もなくはない。

 それとは逆に、ゲルギエフの指揮も含めて、昨夜の札幌での演奏とは別もののように伸び伸びとした、闊達な躍動にあふれた演奏になったのが、イベールの「フルート協奏曲」である。マトヴェイ・デョーミンの爽やかな音色のソロが、いっそう映える。
 チャイコフスキー国際コンクールの総帥(組織委員会委員長)となったゲルギエフが新設した部門で第1回の優勝者となったデョーミンとあれば、ゲルギエフが見出したようなもの。その若々しく溌剌とした奏者をカーテンコールで引き立てるゲルギエフの嬉しそうな顔も、ひときわ印象的だった。
 デョーミンのソロ・アンコールは、昨夜と同じ「サラバンド」。他に手持ちはないのかな?

 第2部、ショスタコーヴィチの「第4交響曲」では、昨夜は各パートのトップに座っていた名手ぞろいの「先生たち」の大半が、もういない。残っているのは、ティンパニのデイヴィッド・ハーバートとパーカッションのシンシア・イェ(いずれもシカゴ響)と、ハープの安楽真理子(METオーケストラ)のみである。従って、オーケストラの人数も、少し減っている。
 ゲルギエフも今日は「長い指揮棒」を使って、ほぼアカデミー生のみの若い集団を率いて行く。

 演奏には、首席たちがリードしてつくり出していた昨夜のような色彩感は失われていた━━それも淡彩に過ぎるほどの音色になっていたのが少々残念だ━━とはいえ、その一方、アカデミー生たちには「自分たちで頑張る」という意識が漲っていたのか、音楽のエネルギーは充分なものがあった。若手を鼓舞するゲルギエフの気力は、定評のあるところである。
 第1楽章の練習番号【63】の個所、弦楽器群が目まぐるしく嵐のように狂乱する個所では、昨夜のデイヴィッド・チャンがリードしていた時のような緊迫感と凝縮力は失われていたが、しかし今日コンサートマスターを務めていた村上祥子(NDRエルプフィル・アカデミー)も、実によく責任を果たしていたように思う。

 ただ、前夜に物足りなさを感じた終結部分は、今日の演奏でもやはり同じだった━━若いオケだからか、それともゲルギエフの指揮が昔より淡彩になったのか(それは事実かもしれぬ)、あるいは、その個所での悲劇的な情感は、歴史を背負ったロシア人のオケ以外には共感し難いものだからなのか?

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