2019-07

2019・7・31〈水〉ワレリー・ゲルギエフ指揮PMFオーケストラ

     札幌コンサートホールkitara 大ホール  7時

 7月4日の開幕以来、ほぼ連日、アカデミーの他に室内楽やオーケストラの演奏会が開催されて来た今年の札幌PMF━━その中で、PMFオーケストラもたくさんの演奏会を行なって来た。特にエッシェンバッハが指揮したマーラーの「千人の交響曲」(20、21日)は、絶賛されたと聞く。

 そして今日の最終公演が、たった1回だが芸術監督ゲルギエフの指揮で、という仕組である。プログラムは前出の通り、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」、イベールの「フルート協奏曲」(ソロはマトヴェイ・デョーミン)、ショスタコーヴィチの「交響曲第4番」。

 「牧神」は、GPの際には人々の動きがゴタゴタしていたので気がつかなかったが、この本番では特に開始直後、強い低弦の響きと、間を大きく取ったテンポの遅さが目立ち、音楽全体がシンフォニックな、重厚なイメージになっていたのが印象に残った。
 いっぽう協奏曲では、ゲルギエフとオーケストラはデョーミンとの合わせに神経を使っていたのかな、という感で、リハーサルでの伸び伸びとした演奏とは少々趣きが違った。

 それにしてもこのデョーミンという大柄な青年、実に美しい音を響かせる人である。アンコールではバッハの「パルティータBWV1013」からの「サラバンド」を吹いたが、これも流麗な音色で、ゆっくりしたテンポで創り出すカンタービレはなかなかの美しさだった。
 コンチェルトの方は、多分明日以降の東京・川崎公演でもっと良くなるだろうという気がする。なおこの第1部における2曲では、ゲルギエフも「爪楊枝よりはずっと長い指揮棒」を使ってオケを合わせていた。

 休憩後の「4番」では、コンサートマスターのデイヴィッド・チャン以下、各パートのトップに「PMFアメリカ」の先生たちがずらりと顔を揃え、この難曲をリードする。ゲルギエフもいつものように指揮棒を使わず、「合わせ」よりも、音楽に豊かな表情を持たせることを重視するように、細かい手の動きでオーケストラを導いていた。
 全合奏の音色は必ずしも美しいとは言えなかったが、ステージ狭しと並んだ大編成のオーケストラの量感と力感はさすがに凄まじい。

 ただ、ゲルギエフの指揮としては予想外に、昔のマリインスキー劇場管との演奏に比較して、やや抑制したような表現にとどまっていた、という印象を得たのだが・・・・。
 それに、終曲近く現われるティンパニの連打を交えたクライマックスの個所でも、あるいはそのあとの空虚感と絶望感が漂うエンディングの個所でも、以前のゲルギエフの指揮に比べ、身の毛のよだつような恐怖感と言ったものが、やや薄らいでいたという印象を受けたのである。やはり練習不足の所為か? 明日以降の演奏では、どんな感じになるだろうか。

 これで、札幌滞在を終る。オーケストラも明朝、東京へ移動する。明日のkitaraは、きっと「強者どもが夢のあと」という雰囲気になるのだろう━━。
 因みに来年は、ゲルギエフが「ドン・ジョヴァンニ」を指揮する。PMFとしては、オペラを舞台上演として手掛けるのは初めてになるようだ(演奏会形式上演は過去にもいくつかあった)。
      ☞(別稿) 北海道新聞

2019・7・31(水)ゲルギエフとPMFオーケストラ GP

      札幌コンサートホールkitara 大ホール  正午~4時

 芸術監督ゲルギエフのリハーサルを聴く。
 バイロイトでの指揮との「掛け持ち」だから、良し悪しは別として、相変わらず超人的なエネルギーである。昨夜は、ショスタコーヴィチの「第4交響曲」を通して演奏したという話であった。
 今日は本番前のゲネプロというから、まあそこそこ「通し」でやるのかと思っていたら、いやどうして、この交響曲を、アクセントの一つ一つから、ダイナミックスから、エスプレッシーヴォに至るまで、3時間以上にわたり、猛烈に細かく練習して行ったのである。

 指揮者に絶対服従の素直で優秀なアカデミー生のオケのこと、たとえ練習時間が少なくとも、これだけ濃密なリハーサルを重ねれば、充分に仕上がることだろう。もちろんそれは、事前にクリスチャン・ナップの念入りな下振りがあったればこそ、である。
 ゲルギエフは、練習予定時間の最後の30分で、ドビュッシーとイベールを、詳細な指示を交えながらも、これらはほぼ「通し」でリハーサルして行った。

 私はといえば、PMFから依頼されたゲルギエフへのインタヴューが、今日か、それとも明後日の川崎での本番前か、という流動的な状態で待機していたわけだが、「予定の立てにくい予定」に振り回されることの珍しくないゲルギエフへの対応に経験を積んだPMFとジャパン・アーツは、私にリハーサルの間の20分の休憩時間の間に楽屋へ行き、インタヴューと言わずに挨拶と雑談をし、そのまま勢いでいろいろ質問をしちまえ、と、ふつうの指揮者だったら怒り出すような方法を提案して来る。

 有難いことに私も、ゲルギエフとは1992年のサンクトペテルブルクでの初取材以来、2008年のエディンバラに至るまで、雑誌等のために、十数回のインタヴュ―を重ねて来たお馴染みの間柄である。ゲルギエフもさすがに対応を心得ていて、当たり前のような顔をしながら「ドアを閉めて」とスタッフに指示し、そのまま機嫌よく予定の10~15分間を喋りまくってくれた。そして疲れも見せずに、またステージへ戻って行ったのだった。
 予定の立てにくいことをやる人に対しては、予定外の行動も通用するのだという一例か。

※どすと様 いつも歯に衣着せぬコメントをありがとうございます。しかし今回は、「否定的」と断定なさる前に、その指揮者のリハーサルの方法、いくつかの本番での演奏の違い、あるいは過去の演奏の例など、広範囲にわたって詳細に検証なさって見れば、また異なる印象も得られて、音楽の愉しみもいっそう増加すると思いますよ。今後ともよろしく。

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