2019-07

2019・7・7(日)広上淳一指揮京都市交響楽団 大阪特別公演

     ザ・シンフォニーホール  2時

 つい先ごろ東京公演をやったばかりのコンビだが、絶好調のオケだし、大阪での演奏会だし、曲目も面白いので、聴きに行く。

 ベートーヴェンの「英雄交響曲」を最初に演奏し、休憩を挟んでヴェルディの「運命の力」序曲と「仮面舞踏会」前奏曲、最後にレスピーギの「ローマの松」という豪壮なプログラムだ。アンコールは同じくレスピーギの「《リュートのための古い舞曲とアリア》第3組曲」から「イタリアーナ」。コンサートマスターは泉原隆志。

 この中で素晴らしかったのは、何といっても「英雄交響曲」の演奏である。それはもう、「不動如山━━動かざること山の如し」という言葉を連想させたほどの演奏だった。
 だがこれは、硬直しているとか、推進性がないとかいう意味では全くない。むしろ揺るぎない不動の風格を備えた構築の演奏、とでも言ったらいいか。自然体のイン・テンポで、あざとい小細工も誇張もなく、ひたすら滔々と押して行くその演奏は、このシンフォニーがもともと備えている強靭な力感と美しさを、歪めることなく十全に発揮させたのである。強い説得性を持った、見事な演奏だった。

 ベートーヴェンの管弦楽法が如何に隙なく構築されているか、そしてそれが如何に多彩で表現力に富み、完璧なものであるか━━それを率直に、しかも明晰な形で再現してくれる演奏に出逢うことは滅多にない。が、今日の広上淳一と京都市響の演奏は、その稀有な例であったと言っても言い過ぎではない。
 しかもこのホールは、アコースティックの上でも、その演奏にはぴったり合っていた。実に快い体験であった。

 「ローマの松」では、金管群のバンダは正面のオルガンの下に配置された。その周辺に座っていたお客さんたちにはどうか判らないが、大半の聴衆にとっては、音響的にもバランス良く響いたであろう。「ジャニコロの松」での叙情性は素敵だったし、「アッピア街道の松」でローマ軍が霧の中から次第に姿を現して来るあたりの設計も、ミステリアスで見事だった。ただいずれにしても、この曲には、このホールはやはり小さすぎるようである。
 
 広上に率いられた京響は、やはり好調である。ただし、好調度が安定したのと引き換えに、ステージ上の楽員たちの顔は、以前に比べて無表情になって来た。
 特に今日は、カーテンコールの際に、誰とは言わないが前の方のプルトに、猛烈に不機嫌な顔をして、指揮者のことが気に入らぬと言わんばかりに、早く引き上げたいような表情をしている男性奏者が見えた。こういう小さいホールだから、甚だ目立つのである。演奏だけちゃんとやっていれば文句はあるまい、というものでもないであろう。

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