2019-06

2019・6・8(土)デュトワ指揮大阪フィル 「サロメ」演奏会形式上演

       フェスティバルホール  3時

 同じ時間帯に東京と大阪でR・シュトラウスの「サロメ」が上演されるとは、面白い世の中になったものである。
 こちら大阪の「サロメ」は、「第57回大阪国際フェスティバル」の一環だ。

 そういえば先日、東京の「サロメ」の項で、1962年のグルリット指揮による舞台日本初演(クリステル・ゴルツ主演)に感動したことを書いたが、思えばあれも当時の大阪国際フェスティバルの公演だった(私の観たのは4月29日の東京公演だが)。そして奇しくも、今回の「サロメ」も、それに劣らぬほどの強烈な印象を残してくれたのである。

 演奏は、シャルル・デュトワ指揮の大阪フィルハーモニー交響楽団。歌手陣は、リカルダ・メルベート(サロメ)、福井敬(ヘロデ)、加納悦子(ヘロディアス)、友清崇(ヨカナーン)、望月哲也(ナラボート)、中島郁子(小姓)ほか。

 デュトワは、先月の定期でのベルリオーズとラヴェルで素晴らしい演奏を聴かせてからというもの、大阪フィルとはどうやら相性が良くなってしまったようである━━もっともそれは、あくまで演奏を聴いただけの印象にすぎないけれども。とにかく、大阪フィルがあんなにカラフルかつブリリアントな音色で沸騰していた演奏を、私はそれまで一度も聴いたことが無かった。

 そして今日の「サロメ」では、それを更に凌駕する多彩な演奏が繰り広げられたのである。デュトワはオーケストラを力の限り轟かせ、ステージ前面に並んだ歌手たちの声を打ち消すこともしばしばあったが、しかし対する歌手陣もまた好調で、そのオーケストラの嵐に拮抗し、あるいはその間を縫って己が存在を主張して行く、という具合だったのだ。

 後半、「7つのヴェールの踊り」でのデュトワと大阪フィルの演奏は、すこぶる華麗で壮烈だったが、真の聴きどころはその後に訪れる。
 まず福井敬が実に激烈きわまる歌唱で、ヘロデが取り乱すさまを凄まじく描き出す。多くの場合、このヘロデはスケルツァンドに歌われ、そのため愚かな王というイメージが先行して、この場面を幕切れのサロメの長い歌の前に置かれた一種の「序」のようなものにしてしまうことが多いのだが、今日の福井敬によるヘロデはそれとは対極の表現で、まさに権力者そのものとして君臨していたのだった。そのためこの場面は、驚くほどドラマティックなものとして生まれ変わっていたのである。

 そして、ヨカナーンの首が届けられるくだりで━━首が斬り落とされる描写の音は少しあっけなかったけれど━━オーケストラが凄愴な咆哮を聴かせると、それまでやや抑制気味に歌っていたメルベートが、ついにパワーを全開した。ここからあとは、もう彼女の独り舞台である。歓喜と法悦にあふれるサロメの長いモノローグを、ここぞとばかり熱唱する。

 しかもここではデュトワが、オーケストラを、もう煽ること、煽ること! R・シュトラウスの音楽の物凄さを、これでもかとばかりに際立たせる。演奏しているのがピットの中のオケでなく、ステージ上に配置された大編成の管弦楽であるがゆえに、その多彩な音色と劇的な力の拡がりは、まさに猛然たるものになる。

 かように、シュトラウスの管弦楽法の精緻さ、多彩さ、持って行き方の巧さなどが、なにものにも煩わされずに味わえるのは、演奏会形式上演であればこそであろう。
 これは、音楽的な感銘度では随一、と言ってもいいほどの「サロメ」の演奏であった。ただ1回の上演ではもったいないくらいだ。
 藤野明子による字幕も、文体が解り易く読みやすい。

 それにしてもデュトワの力量は、実に見事であった。東京の音楽界にも早く復活してもらいたいものだ。そして今度は、他のいろいろなオーケストラを指揮してもらいたいものである。
     (別稿)モーストリー・クラシック9月号 公演Reviews

«  | HOME |  »

























Since
September 13, 2007

これまでの来訪者数

最近の記事

お知らせ

●2007年7月以前のArchivesを順次、アップロード中です。併せてご覧下さい。
2007年7月
2007年6月
2007年5月
2007年4月
2007年3月
2006年7月

Category

ブログ内検索

プロフィール

リンク

News   

雑誌 モーストリー・クラシック に連載中
「東条碩夫の音楽巡礼記」