2019-03

2019・3・9(土)「くちづけ━━現代音楽と能」

    東京文化会館小ホール  4時

 「東京文化会館 舞台芸術創造事業 日本・ハンガリー外交関係開設150周年記念」と付記された演奏会。
 前半に中堀海都の「二つの異なる絵」(委嘱作品初演)とバログ・マーテーの「名所江戸百景」(同)が演奏され、後半にエトヴェシュ・ペーテルの「Harakiri」、細川俊夫の「線Ⅵ」、およびエトヴェシュの「くちづけ」(国際共同委嘱作品、日本初演)が演奏された。

 演奏会タイトルの「現代音楽と能」とは、上記のうちエトヴェシュの2作品において青木涼子(東京藝大で観世流シテ方を専攻)による能が組み合わせられるということから付けられたものだろう。
 「Harakiri」は、三島由紀夫の自決に霊感を得たハンガリーの詩人バーリント・イシュトヴァーンの書いたテキスト(アンデルセンの童話の一つが組み合わされている)を使用して1973年に作曲されたもの。
 また「くちづけ(Secret Kiss)」は、幕末の日本を舞台にした官能的な愛の物語「絹」(A・バリッコ作)を基にしたもので、青木涼子の委嘱により作曲され、今年1月にエーテボリで初演されたばかりの作品とのこと。

 囃子はいずれも室内楽規模の洋楽器群が受け持つが、その静謐ながら強い緊迫感に満ちた音楽は強い印象を残す。
 謡の青木涼子は、口語体の日本語(前者はシンゴ・ヨシダ訳、後者は平田オリザの日本語台本)を極めて明快に発音し、洋楽器との対比と調和とを浮かび上がらせるという大技を聴かせてくれるのには感心した。それは恰もオペラにおけるレチタティーヴォのような性格をも感じさせるところがある。
 とはいえ、レチタティーヴォが歌ではありながらアクセントなどにおいて「話し言葉」に隣接した性格を常に備えているのに対し、能の謡の場合には、その口語体の言葉とのギャップは甚だ大きいものがあると思うのだが━━もっとも、オペラにしたって、表現主義以降の現代オペラにおける旋律線の大きな飛躍の場合を考えれば、同じようなものかもしれないが━━そのへんの問題は、能に関しては不勉強な私にはよく解らない。
 しかしいずれにせよ、現代音楽と能とをこのように対峙あるいは調和させ、新しいものを生み出そうとする試みは、素晴らしいことである。

 なお事前の触れ込みでは、この2曲には平田オリザによる演出がつく、ということだったが、実際には所謂「演出」めいたものはさほど見られなかったようである。これは会場が能舞台ではなく、「小ホールのステージ」だったのだから、仕方のないことだろう。
 その他の3曲を含め、演奏者としては神田佳子(perc)、斎藤和志(fl)、山根孝司(cl)、コハーン・イシュトヴァーン(cl)ほか多くの腕利きたちが参加していた。

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