2018-11

2018・11・11(日)モーツァルト:「コジ・ファン・トゥッテ」

      日生劇場  1時30分

 「NISSAY OPERA 2018」と「ニッセイ名作シリーズ」の一環、「コジ・ファン・トゥッテ」の新プロダクション。
 演出は菅尾友、ドラマトゥルグは長島確、舞台美術は杉山至、広上淳一指揮読売日本交響楽団とC・ヴィレッジシンガーズ(合唱)。
 ダブルキャストによる4回公演の今日は2日目で、配役は高橋絵里(フィオルディリージ)、杉山由紀(ドラベッラ)、村上公太(フェルランド)、岡明宏(グリエルモ)、腰越満美(デスピーナ)、大沼徹(ドン・アルフォンゾ)。

 日生劇場という安定した組織が制作するオペラとあって、菅尾友の演出にも━━日本のオペラとしては━━かなり思い切った試みがなされている。
 今回のこれは、恋人たちに騙される2人の女性、フィオルディリージとドラベッラを、生身の人間ではなく、AI(人工知能)を持つアンドロイド(人造人間)に仕立てたところがポイントだ。

 こういう発想による演出は、少なくとも日本のメジャーな劇場におけるオペラ上演では例がなかったのではないか。なるほど、優秀なAIを備えた女性アンドロイドが、果たして不倫をすることが可能なのかどうか。それを実験してみよう、という発想は、すこぶる今日的な面白いアイディアである。

 このアンドロイドはまさにキャピキャピの可愛いメイクになっていて、賑やかに跳んだり跳ねたりする演技を、高橋絵里と杉山由紀が実に完璧にこなしていたのには心底感心した。歌唱に関しても、アンドロイドだからといって初音ミクのような歌い方をするわけではない。あくまでも正面切ったスタイルで見事に仕上げている。こういう舞台を演じられる歌手たちが最近増えて来ているのは、本当にうれしいことだ。

 ストーリーそのものは特に読み替えているわけではなく、概ねト書き通りに進められていて━━つまりAIを備えた人造人間でさえ、愛することが出来るのであれば、また心変わりも不倫も可能なのだということが証明されるわけである。
 生身だろうとアンドロイドだろうと、女は女、みんなこうしたものだ━━という男たちの嘆きの三重唱は、こうして見事に生きて来る。

 ただしラストシーンだけは2人の男が正体を現すくだりから少し凝った手法が使われていて、最後はあまり明確ではないものの、騙したつもりの2人の男が、AIを持った女性たちから逆に軽蔑されて終る、ということになるのかもしれない。

 歌手陣の中では、他に腰越満美が芝居巧者ぶりを存分に発揮。通常のスタイルのデスピーナには彼女は少々重いだろう(風格という意味でです)と思われるが、この演出のデスピーナは、第1幕では貫録のある家政婦風のおばさん、第2幕ではその衣装をかなぐり捨てた大姐御として幅を利かせるので、その存在感が存分に生きる。ただ、第1幕でのデスピーナとしての歌唱における発声は些か納得し難いものがあったが・・・・。

 近未来の世界というカラフルな舞台、光の乱舞、スマホにパソコン、宇宙服、ロボットなどの登場、それに登場人物たちの激しい動き━━すべてがフォルティッシモかつコン・ブリオで躍動するハイ・テンションの「コジ・ファン・トゥッテ」の舞台とあって、第1幕では少々疲労した。だが、第2幕になると感覚が慣れて来て、最後には面白い演出だったという印象が残る。

 広上と読響の演奏は多少粗かったけれども、モーツァルトの音楽の魔術的な素晴らしさを充分に再現してくれていた。音楽さえ素晴らしければ、どんな舞台も輝いて見えるだろう。

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