2018-09

2018・9・17(月)「浜松国際ピアノコンクールの覇者たち」 2日目

      アクトシティ浜松 大ホール  2時

 昨日の続き。今日はアレクセイ・ゴルラッチがベートーヴェンの「皇帝」を、イリヤ・ラシュコフスキーがブラームスの「第1番」を、最後にアレクサンダー・ガヴリリュクがラフマニノフの「第2番」を弾いた。

 ゴルラッチの「皇帝」は如何なるものなりやと期待していたのだが、残念ながら何となくノリが悪いというか、面白くない。きちんと弾いてはいるのだが、演奏に何故か生気が感じられないのである。
 山下一史の指揮する東京響も、それに付き合ってか、甚だまとまりを欠いた。昨日同様、どうもみんな立ち上がりがよろしくない。
 ゴルラッチは今30歳だから、未だ伸びしろは充分とは言えるが、スケール感の大小は別として、もっと若いなりの気魄といったものがあってもいいだろう。スコアにはピアノのパートが記されていない全曲の最後の二つの和音に、ゴルラッチが「僕も一緒に」とばかり即興の打撃を加え、指揮者の方を向いてニコッとした振舞いに、若者らしい茶目っ気を見た。

 オーケストラは、「皇帝」での不安定さを引きずったのか、次のブラームスの「1番」の長い提示部の演奏はあまり冴えず、登場したイリヤ・ラシュコフスキーも出だしはやや平凡だったが、彼が次第に調子を上げて行くのに並行して、オーケストラも急激に活気を取り戻す。
 展開部あたりからは、両者とも気魄のぶつかり合いとなった。昨日の「2番」とは違い、こちらはブラームスが若い日の情熱を思い切りぶつけた作品だから、演奏に相応の均衡が取れている限り、荒々しさも長所となる。第1楽章展開部の終りから再現部にかけてあたりのソロ・ピアノとオーケストラ(特にティンパニ)との応酬などにはすこぶる劇的なものがあったし、その後も大きな起伏が繰り返されて、全曲最後は曲想に相応しい豪壮な終結となった。これは快演。

 最後にラフマニノフの「2番」を弾いたアレクサンダー・ガヴリリュクは、まさに真打登場といった雰囲気。34歳とは思えぬ風貌が貫録充分なものを感じさせる所為もあるだろうが、何よりも演奏そのものにあふれる闊達さ、豪快さ、持って行き方の巧みさが見事なのだ。聴かせどころの直前でちょっとした矯めをつくってからパッと入る呼吸の巧さも決まっているし、クレッシェンドやアクセントを細かく設定して音楽に多彩な変化を持たせるあたりも鮮やか。
 これに呼応してオーケストラも轟きわたった。本来よく鳴り過ぎる傾向に出来ているオーケストラ・パートにはもう少し抑えてもらった方が有難かったのだが、ともあれ、これも快演だったといえよう。

 コンクールの本番は、11月である。

 5時前に終演となったので、5時21分の「こだま」で帰京。30年以上前、FM静岡の仕事で週に2,3回往復していた頃に比べ、最近の「こだま」は、「のぞみ」と「ひかり」の後塵を遥かに拝し、えらく時間がかかるようになったのに驚く。「こだま」の50分後に浜松を発った「ひかり」が、品川にはその「こだま」のわずか20分後に着いてしまう、という有様なのだから。

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