2018-07

2018・7・13(金)飯守泰次郎指揮東京シティ・フィル

    東京オペラシティ コンサートホール  7時

 錦糸町のトリフォニーホールから、西新宿の東京オペラシティへ移動。猛暑のためか、今日は道路があちこち渋滞状態で、door to doorで1時間近くを要した。

 先ほど聴いた新日本フィルの演奏会では、ブルッフとブルックナー。そしてこのシティ・フィルの演奏会では、ブラームスとブルックナー。奇しくも独墺3大BRの激突、というわけか?

 で、こちら東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の定期は、桂冠名誉指揮者・飯守泰次郎の指揮で、最初にブラームスの「ネーニェ(悲歌)」、後半にブルックナーの「ミサ曲第3番」。協演の合唱は東京シティ・フィル・コーア(合唱指揮は藤丸崇浩)。「ミサ曲」での声楽ソリストとは、橋爪ゆか、増田弥生、与儀巧、清水那由太。コンサートマスターは荒井英治。

 ブラームスの「悲歌」は、以前は「哀悼の歌」という邦訳で馴染んで来たものだが、いつからこういう表記になったのかは知らない。
 ともあれ長大なブルックナーの「ミサ曲」の演奏に先立つ小品として、オーケストラ曲ではなくこの合唱を選んだのは、ブルックナーとブラームスとの対比や関連性を描くという目的の他に、2001年に飯守が提唱し設立した楽団専属合唱団━━東京シティ・フィル・コーアに活躍の場を与えようという狙いもあったのだろう。そして、東京シティ・フィル・コーアは、見事にその責任を果たした。その健闘ぶりには賛辞を捧げたい。

 特に「ミサ曲」では、一部のメンバーは譜面を見ながら歌っていたが、大半は暗譜で歌っていた。どれほど練習を重ねたかが窺い知れるというものである。
 今日はこの合唱団がすっかり主役となっていた趣だった。が、母体の東京シティ・フィルもすこぶる充実度の髙い演奏を繰り広げてくれたことは、改めて言うまでもない。

 そして何よりも、飯守泰次郎の滋味豊かな、起伏の大きい、揺るぎない緊張感を持続させた指揮は、最大の称賛に値するだろう。
 彼は東京シティ・フィルとのブルックナーの交響曲ツィクルスを、2年前の7月に完結させており、今回の「ミサ曲第3番」はその続篇というか、番外篇ともいうべきものであろう。それはまさに予想を遥かに上回る見事な演奏だった。そのスケールの大きさと情熱の豊かさにおいては、交響曲(複数)での演奏をも凌ぐものだったかもしれない。

 今日は結構な客の入り。シティ・フィルの定期も、いつもこのくらい入れば・・・・。

2018・7・13(金)シモーネ・ヤング指揮新日本フィル

      すみだトリフォニーホール  2時

 3年前までハンブルク州立劇場の音楽総監督を務めていた女性指揮者シモーネ・ヤングが客演。新日本フィルハーモニー交響楽団にはこれが初めての登場と聞く。

 今日のプログラムは、ブルッフの「ヴァイオリン協奏曲第1番」(ソリストは木島真優)と、ブルックナーの「交響曲第4番《ロマンティック》」の1874年初稿版。コンサートマスターは崔文洙。

 「4番」は、ブルックナーの交響曲の中で、「初稿」と「決定稿」(1878/80年稿)との間に最も大きな落差のある作品だ。流れよく構築された決定稿に比べ、この初稿の方は、何とも雑然として流れが悪く、ゲネラル・パウゼばかり多い。要するに、ヘンな曲なのである。
 第3楽章など、性懲りもなく反復されるホルンのシグナルには、もう分かりましたよ、と文句を言いたくなるほどだし、第4楽章などは、せっかく主題として出したのならもう少しみんなに解るように続けたらどうなんですかね、とでも言いたくなる。
 しかし、それゆえにこそ、ブルックナー愛好者にとっては、この違いが何とも面白いのだ。時には辟易させられるけれども、やはり楽しいのである。

 だが今日、初めてブルックナーの交響曲を聴いた人の耳には、どう響いたか? 甚だまとまりのない、さっぱり解らない曲だと思われたかもしれない。
 こういう曲の場合、演奏の前に(客がざわついているプレトークでではなく)、かつてアルブレヒトと読響がよくやっていたように、オーケストラのサンプル演奏を加え、二つの稿の違いについて、ある程度の解説をした方が、お客に対して親切だったのではないか。
 もっとも、このオーケストラの今の状態では、そういう細かいワザは望めそうもないが。

 しかし、演奏そのものは、実に良かった。楽章を追うにしたがって、安定感を目覚ましく増した。特に後半2楽章は、ほぼ完璧な出来と言ってもよかったのではないか。
 とりわけ活躍の場が多いホルンのソロ(1番ホルン)は、第1楽章冒頭のみはちょっと慎重に過ぎた感があったが、ただちに安定度を加えて見事な演奏となり、特に第3楽章で朗々たるソロを聴かせてくれた。
 しかし残念ながら(?)この人は、新日本フィルの奏者ではなく客演で、群響の首席である濵地宗さんだった。おそろしく巧くて、聴いていてスカッとする。ともあれ、今日はホルン・セクション全体も充実していたといえよう。

 シモーネ・ヤングは、新日本フィルを実に巧みに昂揚させ、総休止の多い作品にもかかわらず、全体に力感と緊張感とを持続させた。並み居る女性指揮者の中でも、彼女は抜きん出た存在だと思うが、今日の指揮はその証明の一つである。彼女のブルックナーは、CDで聴くよりも、ナマで聴いた方が遥かに色合いの変化が感じられて面白い。

 前半に演奏されたブルッフのコンチェルトでは、木島真優が実に骨太な、がっしりした構築のソロを聴かせてくれた。素晴らしい成長ぶりである。ただ、指揮者とオーケストラは、どうやらブルックナーの方にリハーサルの時間を多く割いたか?

 シモーネ・ヤングは、終演後にまたサイン会を開いたらしい(私は次の演奏会場に向かうためにそのまま失礼したが)。相変わらずサービス精神に富む人である。実は私も以前、ハンブルクで彼女の指揮する「ヴァルキューレ」を聴いた際に・・・・(→2008年11月12日の項)。

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