2018-06

2018・6・7(木)シャルル・リシャール=アムラン ピアノ・リサイタル

     東京オペラシティ コンサートホール  7時

 クリーヴランド管の「第9」をソデにして、若手のカナダ人ピアニスト、シャルル・リシャール=アムランのリサイタルを聴きに行く。3年前のショパン国際コンクールでチョ・ソンジンに次ぐ2位に入賞した彼がその後どんな成長を重ねているか、と。

 今日のプログラムは、前半がシューマンの「アラベスク ハ長調」と「幻想曲ハ長調」、後半にショパンの「4つのバラード」。

 リシャール=アムランは、ヤマハのピアノから洗練された清澄な音色を弾き出す。この透徹した、しかも不思議な色気も漂わせる感覚の世界は、コンクール入賞者を集めた演奏会で彼が私たちに披露した時から、すでにおなじみだ。ただし、彼がつくる音楽は、決して綺麗ごとに終るものではない。むしろ、唖然とさせられるほど激しく大きな起伏と振幅を備えた演奏なのである。

 精妙な音色の叙情に魅惑されたのは、最初の「アラベスク」のみ。
 「幻想曲」では、シューマンがいつもの翳りのある叙情美をかなぐり捨て、秘めた激情を狂気の如く噴出させたような演奏が、其処此処に感じられた。それは作曲者がこの曲に盛り込んだベートーヴェンへの畏敬を強調した演奏だった━━と言えぬこともないが、それはちょっとこじつけに過ぎるかもしれない。いずれにせよ、その透徹した音色と、激烈極まるフォルティッシモとが、異様な対照を生み出していたのは事実だろう。

 もっと凄まじかったのは、ショパンのバラード集である。「3番」と「4番」は、曲想も叙情味が濃いゆえにそれほど激しい演奏にはならなかったが、「1番」と「2番」は━━とりわけ「1番」では━━あのショパンが、絶叫怒号していた。陰翳、躊躇、沈思などという要素を真っ向から拒否した、こういう「叩きつける」ショパン演奏は、確かにある意味では既存のイメージを突き破る新鮮なものとして、喜ばれるのかもしれない。

 「1番」の演奏が終ると、客席からは熱狂的な拍手と歓声が湧き起こった。「2番」でも同様だった。私はといえば、些か辟易して、疲れ切った。10年前だったら、一緒にエキサイトして快哉を叫んだかもしれないが。

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