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2018-06

2018・6・1(金)河村尚子のベートーヴェン・ピアノ・ソナタ・プロジェクト

     紀尾井ホール  7時

 河村尚子がついにベートーヴェンのピアノ・ソナタの連続演奏会を開始した。
 来年秋までの全4回というから、全曲のツィクルスではないけれど、今の彼女の実力と感性を考えると、これは実に聴きものである。
 今日の第1回は、前半に「第4番」「第8番《悲愴》」、後半に「第7番」「第14番《月光》」という、やや意表を衝いたプログラミング。期待にそぐわぬ演奏が聴けた。

 低音域に確固とした重心を置き、和声感を豊かに、瑞々しいが骨太な響きを以って音楽全体を構築する。彼女がこういうベートーヴェンを組み立てるとはあまり予想していなかったが、先頃リリースされたショパン・アルバム(ソニー SICC-19009)でも、いくつかの個所で強い低音を基盤にして構築し、和声感を強調するという傾向が聴かれたから、これが最近の彼女の志向なのかもしれない。

 前半の2曲のそれぞれ第1楽章における「アレグロ・コン・ブリオ」は、その指定に相応しく強靭な力に充ち、しかも爽快だ。最後の「月光」の終楽章における「プレスト・アジタート」における力感性も、この曲をプログラムの最後に置くという珍しいアイディアの意味を聴き手に納得させるものだった。
 音色全体にはふくよかな香りがあふれている。これが、彼女の演奏が常にヒューマンなあたたかさを感じさせるゆえんだろう。

 その演奏には、不自然な恣意性も小細工もない。
 ただし「悲愴」の冒頭で、ふつうの演奏なら最初の4分音符をフォルテで弾き、それを自然に「減衰」させ、次の16分音符からpで弾くという形(必ずしも正確な言い方でないことはご了承願いたい)になるところを、今日の彼女は、4分音符の頭のみを楽譜通りのfpで極度に鋭く弾いたあと瞬時に弱音に変えてそのまま引き延ばし、デュナミークの対比を明確にするというユニークな手法を採っていた。

 この手法は、昔、だれだったかの演奏でも聴いたような気がするが、今日の彼女の弾き方は、それとは比較にならぬほど鮮やかだったと思う。この出だしのために、「悲愴」の序奏には、ぴりりと引き締まった、非常に濃い陰翳が生じていたのである。ここでの演奏一つとっても、河村尚子という人が並々ならぬ感性を備えたピアニストであることが証明されるだろう。

 次はどんな新しい発見をさせてくれるだろう、と楽しみになるツィクルスは、何ものにも換え難い。

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