2018-02

2018・2・21(水)東京二期会
 ワーグナー:「ローエングリン」初日

       東京文化会館大ホール  6時

 日本の演出家による「読み込んで、捻った」舞台は、久しぶりである。

 演出は深作健太、舞台装置が松井るみ、照明が喜多村貴。準・メルクルが東京都響と二期会合唱団を指揮。
 Aキャストの今日は、福井敬(ローエングリン)、林正子(エルザ)、大沼徹(フリードリヒ・フォン・テルラムント)、中村真紀(オルトルート)、小鉄和広(ハインリヒ国王)、友清崇(布告官)他。それに黙役で円山敦史(青年時代のローエングリン)、黒尾怜央(ゴットフリート)が出る。

 いわゆる読み替え演出というものは、何の予備知識もなしにオペラを観に行って、ただ舞台を眺めて演奏を聴いて、歌劇場から一歩出た途端にすべて忘れ去ってしまうような娯楽的嗜好の紳士淑女のためのものではない。今回の深作健太の演出も然りだ。

 つまりこれは、ワーグナーの活動を資金的に援助したバイエルン王ルートヴィヒ2世が、巨匠の作品を愛するあまり、贅を尽したノイシュヴァンシュタイン城に幻想的な洞窟を作り、自らタンホイザーやローエングリンなどに扮して空想に耽っていたことや、精神科医グッデン博士とともに近くの湖で謎の水死を遂げたことなどの歴史的事実を予め承知していないと、理解し難いかもしれない舞台なのだ。
 舞台には、ルートヴィヒ2世の小さい肖像画、あるいはノイシュヴァンシュタイン城のミニチュア模型などがあるが、それらと雖も、その歴史的事実を心得ていなければ、何だか意味の解らぬ存在になるだろう。だが、いったん承知してしまえば、なかなか面白い。

 今回の演出では、「ローエングリン」のスコアを見ながら(つまり音楽を聴きながら)感動し、登場人物の動きを観ながら感動し、ウロチョロとそこらを歩き回っていた冴えない胡麻塩頭の初老男が、いつの間にか自らローエングリンと同化してしまい、それを演じる側に回ってしまう。
 これにはしかし、微苦笑を抑えきれない。考えてみると、その老人を、かりにルートヴィヒ2世でなく、一般の音楽ファンに置き換えても話が成立するだろうと思われるし、「今日のこのローエングリンはあなた自身かもしれませんよ」というメッセージにもなり得るからである(但し私はまだ、そのような空想に耽ったことはない)。

 いずれにせよ、今日の似非(?)ローエングリンは、時に姿を現す本物の(?)凛々しい美形の騎士ローエングリンに温かく、あるいは皮肉気に見守られつつ、物語の主人公を演じて行く。
 その化けの皮(?)が剥がれるのは、第3幕でエルザから氏素性を問い詰められ、敗北した時だ。ここで、悪役のはずのフリードリヒ・フォン・テルラムントが、王の主治医グッデン博士の「正体」(?)を現し、ローエングリンを拘禁する。

 このあたりから幕切れまでの一連の場面を観ていると、あのジャン・デ・カールの著「狂王ルートヴィヒ」に描かれているいくつかの場面━━グッデン博士が看護人たちに命じて「慇懃に」ルートヴィヒ2世を捕縛する場面や、湖から引き揚げられた「ワイシャツ姿の」の王(今日のローエングリンも最後はワイシャツ姿だった)、湖畔で発見されたグッデン博士の「山高帽と傘」(テルラムントはまさにその二つを有していた)などのくだりを思い出してしまう。

 もうひとつ、今回の演出で、多分重要なのは、エルザの弟たるゴットフリート少年の存在なのではなかろうか。
 冒頭、前奏曲のさなかから、中央に彼が座して物思いに耽り、後方のデジタル時計が23時59分45秒から逆行を始めるので、瞬時に「これは回想?」というイメージが頭をよぎる。また「青年時代のローエングリン」という配役表の文字の意味もすぐに判る、という具合だ━━もっとも、実際の舞台の進行は、若干こちらの予想とは違っていたけれども。
 このゴットフリートは、ほぼ全篇にわたり、舞台のどこかに出ずっぱりで、場面を見守る。ラストシーンで彼が舞台中央に屹立し、一同が膝まづくところで、再び現れた時計は0時00分00秒から先へ動き出す━━。

 日曜日には改めてBキャストの上演を観る予定なので、もう一度よく観察してみよう。
 今日の歌手陣もよくやっていたが、最も大きな拍手と多くのブラヴォ―を浴びたのは、指揮の準・メルクルだった。驚異的に速いテンポで押す。第3幕第3場の、ハインリヒ王と兵士たちのくだりなど、声楽アンサンブルが追いつかない個所もあり、いくらなんでも速すぎるという感がなくもなかったが、どちらかといえば私は、遅いテンポより、速いテンポの方が好きである。
 東京都響が好演。合唱団は第1幕の祈りの歌の個所や第2幕の幕切れなど、ゆっくりしたテンポのところでは壮大だったが、第2幕中盤の群衆の速いテンポの個所では、いかにも音が薄かった。

 演奏には、慣習的なカットがある。25分の休憩2回を含み、終演は10時20分頃。
       →別稿 音楽の友4月号 演奏会評

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