2018-02

2018・2・16(金)ユーリ・テミルカーノフ指揮読売日本交響楽団

       サントリーホール  7時

 これは定期。第1部にチャイコフスキーの「フランチェスカ・ダ・リミニ」と、ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」(ソリストはニコライ・ルガンスキ―)、第2部にラヴェルの「クープランの墓」とレスピーギの「ローマの松」。
 かように、ロシアものとラテン系作品とを組み合わせたちょっと風変わりなプログラミング。コンサートマスターは長原幸太。

 しかし、このラテン系の2曲の演奏が結構面白かった。
 「クープランの墓」など、テミルカーノフも読響も思い切り優雅にやっているつもりなのだろうけれど、聴いた印象ではやはり何か骨太で、どっしりしていて、いかつい雰囲気が感じられるラヴェルだったのには微苦笑させられ、これはこれで愉しめたのだった。

 そして、「ローマの松」の方はすこぶるスペクタクルで、「アッピア街道の松」冒頭などのようなミステリアスな個所には重厚なものものしさがある。ラテン系の指揮者が振った時のような開放的な明るさの代わりに、全体に不思議な陰翳が漂うという、そのような「ローマの松」だったのである。なおバンダはP席最後方の両側に配置されていた。

 前半は、ロシアものだから、もちろん予想通りの世界。「パガニーニの主題による狂詩曲」では、ルガンスキーも楽々と弾いていた。
 その昔、NHKの「希望音楽会」というラジオ番組(まだFMも無かった時代)のテーマ曲にこの第18変奏が使われ、「あれ、なんて曲だ?」と大変なセンセーションを巻き起こしたことを記憶している人も、もうだんだん少なくなっているだろう。あまりいい曲なので、「全曲を聴いてみたい」という「希望」が殺到したため、ついに同番組で全曲が演奏されたのだが、「あそこ(第18変奏)はいい曲なんだけど、あそこへ行くまでが長くてつまんないんだよねえ」という人も少なくなかった。今聴けば、全然そんなことはなく、最初から面白い曲だと思えるのだが・・・・やはりそれは、その時代の「耳」というものだったのだろうか?

 「フランチェスカ・ダ・リミニ」は、最近のテミルカーノフの、あまり芝居気のない坦々とした表現がやや物足りないといえば物足りなく━━というより、これは畢竟、作品自体の性格による限界だろう。この曲はやはり、指揮者のある程度の演出の助力なしでは、その力を発揮できないという曲なのではないかと思う。

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