2018-02

2018・2・3(土)飯守泰次郎指揮東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

      ティアラこうとう大ホール  2時

 「ティアラこうとう」は、1200席程度の中ホールである。シティ・フィルは、メインの東京オペラシティコンサートホールでの年9回の定期の他に、このティアラこうとうで年4回の定期を開催しているのだが、ホールの規模は小さいけれども、お客さんの雰囲気は、むしろこちらの方が温かいような気がする。

 今日はこのホールでの第52回定期。桂冠名誉指揮者・飯守泰次郎の指揮で、モーツァトの「ドン・ジョヴァンニ」序曲、ベートーヴェンの「ヴァイオリン協奏曲」、チャイコフスキーの「悲愴交響曲」というプログラムだった。コンサートマスターは戸澤哲夫。

 「ドン・ジョヴァンニ」序曲での演奏は、序奏からして重々しい悲劇的性格を感じさせ、主部に入ってもその陰影に富んだ色調が続いて行く。このあたりは飯守ならではの味だろう。シティ・フィルも完璧に応えている。

 「悲愴」は、最初は坦々と進んで行くように感じられたが、第1楽章の展開部の終りあたりからは、音楽が俄然、剛直で激烈な色合いを帯びて来た。
 再現部の第277小節(【Q】)以降になると、あのシティ・フィルが━━などという言い方は今やもう通用しない時代になっているほど、この楽団の演奏水準は上がって来ている━━魔性的な咆哮と慟哭を、怒涛のように繰り返す。ここは飯守が常に「狂気のようになる」くだりだそうだが、近年の演奏━━例えば今日の演奏などでは、その激情もバランスのいい構築になって来ているし、シティ・フィルの音色にも混濁がないので、感銘もいっそう深くなるだろう。
 この激しい慟哭のあとの抒情的な第2主題、あるいは第2楽章も深い情感にあふれており、特に第4楽章は極めて高い格調に満たされていた。

 ベートーヴェンの協奏曲では、未だ20代後半ながら赫々たるキャリアを積んでいる青木尚佳がソリストに招かれていた。
 私は不勉強にして彼女の演奏を聴いたのはこれが初めてなのだが、実はよく解らない━━というのは、このベートーヴェンでの演奏が、あまりにメリハリに乏しく平板で、しかも生き生きした表情が感じられぬものであり、主題が常に同じ表情で繰り返されるのにも唖然とさせられたのである。何かの理由で、無理して抑えて弾いていたのか? 
 だがその一方で、短いカデンツァの個所では、人が変わったように自発的な、勢いのいい音楽をつくり出していたのだ。短いソロの、ほんの2、3秒の間に彼女が聴かせたカデンツァには、ハッとして腰を浮かせたくなったほどの、素晴らしい輝きの高揚が感じられたのである。こちらの方が彼女の本領じゃないのか?

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