2017-09

2017・9・17(日)キリル・ペトレンコ指揮バイエルン州立管弦楽団

      東京文化会館大ホール  3時

 都民劇場音楽サークル定期公演。
 話題の指揮者キリル・ペトレンコ(ロシア生れ、45歳)が、ついに日本のファンの前にその姿を現した。音楽総監督を務めるバイエルン国立(州立)歌劇場引っ越し公演を率いての来日だが、オペラの本番を観る前にシンフォニー・コンサートを聴く機会を得られたのは幸いだった。

 私も、彼のオペラの指揮は、ワグネリアンを沸き立たせたあのバイロイトの「指環」をはじめ、リヨンとウィーンでのチャイコフスキーなど、これまでかなりの数を聴いて来たが、コンサートを聴く機会は、それほど多くなかったのである。
 ただ、ベルリン・フィル首席指揮者就任のきっかけになったとか謂われるあの2012年12月の定期を聴けたことは、まだ彼が世界にほとんど知られていなかった頃━━ベルリン・コーミッシェ・オーパー指揮者時代の「コジ・ファン・トゥッテ」(2005年12月9日)を聴いて括目したことと同じように、ささやかな自慢をしてもいいかもしれぬ。

 今日の公演は、ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」と、マーラーの「交響曲第5番」。
 ラフマニノフを弾いたイーゴル(イーゴリ)・レヴィットはロシアのノヴゴロド生まれ。まだ30歳そこそこだというが、何かえらくオジサン的な風貌の青年だ。現代の若い世代のピアニストらしく、遅いフレーズなどではテンポを落し、沈潜して念入りに音楽をつくって行く、というタイプのようで、特にそれが如実に示されたのは、オケとの協演の曲よりも、むしろソロ・アンコールで弾いたワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の「愛の死」の方だろう。うしろの大オーケストラを待たせておいて、独りで音楽に没入し、延々と弾く。その度胸には感心する。

 「5番」の方は、先週の上岡敏之のそれのように細かい表情の変化を極度な形で押し出したような、神経症的なマーラーではない。比較的スタンダードな、滔々たるシンフォニックな流れの裡に力感と叙情を漲らせた演奏、とでも言ったらいいか。
 スコアの指示はかなり巧く生かされてはいるけれども、伸縮自在の動きがありそうで無かった━━というのも変な表現だが、ここでテンポが一瞬動いてまた戻るだろうな、とか、ここで微妙にクレッシェンドしてすぐ弱音に戻るだろうな、とか、スコアの上で予想される個所で、何かそれが徹底せず、動きが中途半端なままで次へ進んでしまう━━というところも少なからず聴かれたのである。
 これはペトレンコの、コンサート指揮者としてのキャリアが未だこれからということや、このバイエルン州立管弦楽団が本来はコンサート・オーケストラでなく歌劇場(バイエルン州立歌劇場)のオーケストラであること、なども影響しているのではないかと思われる。

 そして彼らのマーラーは、ダイナミックな力感には富んでいるけれども、あまり濃厚なものではなく、何処かに淡白な表情が感じられなくもない。それまでは豪快壮大に押しまくりながらも、そのわりに第5楽章最後の頂点は意外にあっさりしていて、だめ押し的な熱狂には今一つ至らなかった、という特徴もあるだろう(ペトレンコがベルリン・フィルとこの曲を演奏したらどんな具合になるか?)。ただしこれは、このホールの音響ゆえの印象もあるかもしれないが。

 とはいえ、指揮者もオーケストラも熱演には違いなく、マーラーの「第5交響曲」の面白さを━━上岡とは違った意味で━━私たちに聴かせてくれたという、聴き応えのある演奏であったことは確かである。
    →別稿 音楽の友11月号 Concert Reviews

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