2017-09

2017・9・3(日)戦前日本のモダニズム~忘れられた作曲家・大澤壽人

     サントリーホール  3時

 サントリーホール恒例の「サマーフェスティバル」、今年は片山杜秀さんのプロデュースで、「日本再発見」と題するシリーズが組まれた。
 今日の演奏会の他にも、4日に「戦後 日本と雅楽」と題して武満徹と黛敏郎の作品、6日には「戦後 日本のアジア主義」と題して芥川也寸志と松村禎三の作品、10日には「戦中 日本のリアリズム」と題して尾高尚忠、山田一雄、伊福部昭、諸井三郎の作品が演奏される。
 これらの作品の中には、単独で聴く機会のあるものも含まれているが、これだけ系統立てて演奏されれば、特別な意味を持つだろう。いい企画だ。全部聴けないのが残念だが。

 今日の大澤壽人の回では、「コントラバス協奏曲」(1934年)、ピアノ協奏曲第3番「神風協奏曲」(1938年)、「交響曲第1番」(1934年)が取り上げられた。演奏は山田和樹指揮の日本フィルハーモニー交響楽団、佐野央子(Cb)、福間洸太朗(pf)。

 このうち、1938年6月24日に作曲者自身の指揮により大阪朝日会館で初演された「神風協奏曲」は、今世紀初めに蘇演されており、CD(NAXOS)でも出ている。だが、他の2曲は、今回の演奏が「世界初演」になるそうである。この作曲家を理解することへの、これが端緒となるだろうか。
 「コントラバス協奏曲」は、ボストンとパリに留学した作曲者があのクーセヴィツキ―に献呈したそうだ(生島美紀子さんのプログラム解説)が、結局演奏してもらえなかったことを思うと、心が痛む。

 「神風協奏曲」(もちろん日本の飛行機史上有名な「神風号」に因んだ作品であって、元寇でも特攻隊でもタクシーでもない)などには、ラヴェルやオネゲルなどフランスの近代音楽の影響も聞かれ、驚くべきことにメシアンの「トゥーランガリラ交響曲」の冒頭を先取りするようなモティーフさえ現れる。
 「第1交響曲」も、分厚い管弦楽法が駆使された、緻密さと野性的な力とを併せ有した、すこぶる重量感に富んだ大曲だ。

 これらを聴くと、日本の作曲家が、80年前にこれだけの音楽を書いていたのか、と誰もが驚嘆するだろう。これら3曲が、音響の良いホールで、山田和樹と日本フィルの丁寧な演奏に寄って聴けたことは、全く幸いなことと言わなくてはならない。
 このところ、下野竜也や山田和樹ら若い世代の指揮者により、日本の先人作曲家たちの作品が演奏される機会が、東京では少しずつ増えて来ているようである。私もいくつかを聴く機会に恵まれているが、それらは驚異的なほど新鮮に感じられる。1960年代に聴いた作品さえもが、今聴くと全く違った様相を帯びて聞こえるのだ。当然、こちらの耳と感性の問題もあると思うが、敢えて言えば、あの頃の日本のオーケストラの演奏と、あの頃のホールのアコースティックにも、責任の一端があったのではないか。いずれにせよ私たちは、もっと日本のかつての作曲家たちの「宝の山」に注意を向けるべきだろうと思う。

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