2017-07

2017・7・29(土)東京二期会 R・シュトラウス「ばらの騎士」

       東京文化会館大ホール  2時

 グラインドボーン音楽祭の、リチャード・ジョーンズ演出によるプロダクション。
 指揮にセバスティアン・ヴァイグレ、ピットには読売日本交響楽団。
 配役はダブルキャストで、今日の組は、林正子(元帥夫人)、妻屋秀和(オックス男爵)、小林由佳(オクタヴィアン)、幸田浩子(ゾフィー)、加賀清孝(ファーニナル)、栄千賀(マリアンネ)、大野光彦(ヴァルツァッキ)、石井藍(アンニーナ)、斉木健詞(警部)、菅野敦(テノール歌手)ほか多数。

 私はグラインドボーンでは観ていないので、今回初めてこのプロダクションにナマで接した次第だが、なかなか面白い舞台だ。日本に紹介する価値、充分にあり、という気がする。
 幕開きでは、元帥夫人が全裸でシャワーを浴びていたり、その他少々エロティックなシーンがあったりして、いかにも今風のやり方だなという感を与えるが、そのあとは比較的まっとうなスタイルで進められる。

 が、それよりも全体を通じて強く印象に残るのは、演劇的要素を充分に発揮させながら、音楽との関連を疎かにしていない演出である、ということだ。
 時には、主役人物の身体の動きを、音楽の動きと完全に合致させることもある。オペラの演出において、演劇的な要素と音楽的な要素とが肉離れを起こさずに構築された舞台は、観ていても心地よいものだが、今回の演出もその成功例と言っても良いのではないか。

 第3幕は、舞台装置(ポール・スタインバーグ)と照明(ミミ・ジョーダン・シェリン)とを含めて、洒落たものであった。
 細かい部分を言えば、終結近く、元帥夫人が舞台を去って行く場面の演出が興味深い。
 一般的な━━オクタヴィアンが彼女の手に口づけし、彼女が背中の動きで衝撃を表わす、という、昔から行われて来た「見せ場」的な演出は、最近あまり行われなくなったようである。今回のジョーンズ演出でも、元帥夫人は、若い貴族を相手の恋が終った感慨を一瞬滲ませた━━ここでの林正子の演技は瞬時だが巧かった━━のみで、あっさりと手前の(!)ドアから姿を消す。これは、まだ年齢的に「若い」元帥夫人が、すぐまた別の恋を得るだろう、と暗示しているのはもちろんである。
 だがそれよりも、そのあとをオクタヴィアンが足早に追って行き、ドアからいったん姿を消す・・・・という、ちょっとした演技が面白い。2人の別れをこれまでのようにセンチメンタルに描かず、「一場の夢」として描いたのがミソだろう。

 そうした演技を、日本の歌手たちは細かく行ない、ジョーンズの演出意図に応えていたと思う。大切な脇役や黙役たちの中では、元帥夫人に付きまとう小姓(というより召使)モハメッドを演じたランディ・ジャクソンと、男爵の腹心でイカレた男ふうのレオポルドを演じた光山恭平━━この2人は文学座からだそうだ━━が目立っていた。

 それはいいのだけれど、問題は衣装(ニッキー・ギリブランド)だ。オクタヴィアンやゾフィーの衣装といい、あるいは第3幕でのマリリン・モンローばりの元帥夫人の衣装・扮装といい、どうも日本人歌手の体型や顔にしっくり来ないところがあって・・・・このあたり、もう少し日本人向けの微調整が必要なのでは、という気がするのだが、如何なものだろうか。
 といっても、皆が皆そうだというわけではなく、巨体の妻屋秀和などは衣装もサマになっており、脇役や黙役たちの中にも「決めている」人たちもいたのだが━━。まあ、これは、泰西ものを日本人が演じる所謂「バタ臭さ」をどうするかという、昔からある難しい問題の一つなのかもしれぬ。

 歌唱の面では、オクタヴィアンの小林由佳が伸びのある声で映えていたし、オックスの妻屋秀和はバスの音域に伸びが少し足りないとはいえ、良い意味での暴れ役を巧く歌っていた。その他の人々も、全力を尽くしていたと思われる。

 ただ、━━唯一惜しかったのは、そしてどうしようもなく残念だったのは、最高の聴きどころであったはずの第3幕の「二重唱」と「三重唱」の個所である。今回は、3人の女声歌手の中に1人だけヴィブラートの極度に強い人がいたために、あの有名なハーモニーの美しい音色のバランスが完全に失われてしまっていたのだ。
 実際、私がこれまで接した「ばらの騎士」の中で、これほどあの夢幻的で陶酔的な和声の美しさが感じられず、声がただばらばらに重なるだけで、雑然たる印象のままに終ってしまった二重唱と三重唱を聴いたのは、初めてである。これは、歌手の起用と組み合わせにも問題があるだろう。だが一方、重唱の場合に歌手はどう歌うべきか、という姿勢を問われることにもなるだろう。
 その他の演奏の個所では結構良いものがあっただけに、この部分はかえすがえすも残念であった。もう一つの組のほうは、実に見事なアンサンブルだったという評判を聞いたのだが━━。

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