2017-07

2017・7・25(水)フルシャ指揮東京都響 スメタナ「わが祖国」

       ミューザ川崎シンフォニーホール  7時

 「フェスタサマーミューザKAWASAKI」の一環。ヤクブ・フルシャと東京都交響楽団の「わが祖国」は、今回はこの日しかない、ということもあって、1997席を擁するホールもほぼ満席に近い。

 彼の指揮する「わが祖国」は、「ブラニーク」だけは以前にも聴いたことがあるけれども、全6曲での演奏に接するのは、今回が初めてだ(※)。
 期待通りの快演で、全体にパンチの利いた、躍動的な「わが祖国」である。民族的な郷愁や田園的、伝説的な温かい味を浮き彫りにするよりも、作品の持つエネルギー性に重点を置き、ひたすらダイナミックに押した「わが祖国」と言ったらいいだろうか。

 何しろリズム感がいい。ホールのアコースティックが明晰なので、演奏の性格もそれに影響されて聞こえ、鋭く硬く構えたものに過ぎるかな、と感じられる向きもあるだろう。ただその一方、「モルダウ」での、「月光を浴びて水の精が踊る」あたりの夢見るような美しい描写は、何とも見事であった。

 欲を言えば、「シャールカ」での男をたぶらかす女主人公を表すクラリネットには、もう少し色気が欲しかったところ。シャールカがアマゾネスの大軍に合図する角笛の音も素っ気なく(秘かに合図をする、という雰囲気が無かったということ)、女軍がなだれ込んで来るくだりなども、殺到━━急襲━━大殺戮といったような段階的な変化があまり明確でなく、ただ勢いに任せた激しい演奏になっていたのには、ちょっと違和感がある。だが、「ターボル」や「ブラニーク」などでの追い込みはさすがのものであった。

 フルシャも、オーケストラが引き上げた後で、独りでステージに呼び戻され、聴衆の熱狂的な拍手を享けていた。彼が都響を指揮した演奏会で、これまでこういうソロ・カーテンコールが起こったことがあったかどうか? 
 2010年から務めていた首席客演指揮者のポストも今シーズンいっぱいというのが残念だが、また来て振ってもらいたいところだ。以前、彼が故国チェコの某オーケストラを指揮したのを聴いたことがあったけれど、どうみても彼は都響との演奏の方が遥かにいい、と思えたからである。

※O様から「聴いてるはずだろ」と指摘を受け、そういえば・・・・と思い出したのが、2年前に彼がフィルハーモニア・プラハと来日した時のプログラムが実は「わが祖国」だったこと。「某」と言いつつバラシてしまいましたが、あれは何とも散漫極まる演奏で、記憶にすら残らないような「わが祖国」でありました・・・・。「都響との演奏の方がよほどいいはずだ」と、その時にもすでに書いていました。

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