2017-07

2017・7・6(金)オペラ「鑑真東渡」日本公演

     Bunkamuraオーチャードホール  7時

 中国の新作オペラで、昨年12月に東京で初演された由。今回は日中国交正常化45周年記念事業の一環としての再演という。
 作曲は唐建平、指揮は程曄、管弦楽は江蘇省演芸集団交響楽団、合唱と演舞は江蘇省演芸集団歌劇舞劇院。声楽はPA使用。

 鑑真とは、8世紀の昔に日本を訪れ、唐招提寺を建立したあの有名な唐の高僧のことだ。
 ここでは、彼が日本の遣唐僧・栄叡らの要請を受け、使命感に燃えて粒粒辛苦の末、自らも視力を失いながら、やっと6度目にして日本への渡航(東渡)に成功するまでのさまざまなエピソードが描かれている。その一部には、井上靖の「天平の甍」と共通した内容もある。

 2幕構成で、休憩15分を含め2時間15分前後の上映時間。音楽は打楽器を駆使した劇的な要素と、西欧的な管弦楽法を使用した叙情的な要素がバランスよく組み合わされているが、いわゆる西欧的なオペラのスタイルとは一線を画す、独自の形式によるものと言えるだろう。
 構成的には後半、やや冗長で流れも単調になる部分があるが、音楽そのものは耳あたりが好い。舞台装置は比較的シンプルではあるものの、目を奪うほど色彩的で美しい。

 最終場面で、膝まづく日本の民衆の前に唐僧・鑑真が偉大な存在として君臨する、という演出は少々鼻につく感がなくもないが、彼が東大寺大仏殿に戒壇を築いて聖武上皇以下400名に授戒した、などという歴史的事実があるからには、ご尤もでございます、と言うしかあるまい。
 ただ、鑑真がドラマの中で歌う歌詞の中には、仏教徒でない私にも非常に魅力を感じる言葉がいくつかあって━━例えば彼が弟子との別れに際し語る「すべては縁、汝とここまで来られたのも縁、汝にここで去られるのもまた縁」といったような━━キリスト教のある種の強引さとは全く異なる思想に強く感動させられたのは確かである。

 鑑真を歌い演じたのは、田浩江という堂々たる風格のバス歌手。最近は漢字で書かれると逆によく解らない時代になってしまったが、彼はティエン・ハオジャンといい、METのプログラムではHao Jiang Tian(ハオ=ジャン・ティアン)」と表記され、同歌劇場で「ルチア」のライモンドとか、「アイーダ」のエジプト王とかで重厚なバスを聴かせた常連でもあった。

2017・7・6(木)パスカル・ロジェ×束芋

     浜離宮朝日ホール  1時30分

 そう度々は行なわれない、珍しいタイプの演奏会が開催された。
 ピアノのパスカル・ロジェと、現代美術作家の束芋(Tabaimo)のコラボレーション━━音楽と映像美術の「協演」である。
 といってもこれは、2012年に開催されたことがある由。今回は再演とのことだ。

 手っ取り早く言えば、パスカル・ロジェが舞台上で、ドビュッシー、サティ、ラヴェル、吉松隆の小品を多数演奏する。音楽のイメージの基調は、フランス印象派のそれである。その背景、舞台いっぱいに吊り下げられた巨大スクリーンに、束芋によるさまざまな映像━━アニメーションが、プロジェクターで投映される。

 面白い試みだし、こういう演奏会は盛んにプロデュースされていいと思うのだが、何というか・・・・音楽と視覚映像とがこのように同時に展開されることによって、そこにどういう感動が体験できたか、ということになると、何とも言いかねる。

 私自身も、たとえば日本の陶器の画集を見ていた時に、ラジオから偶然聞こえて来た武満徹の音楽が視覚と合致して、形容し難いほどの陶酔に誘われたことはある。また、クルマで人気のない海岸を走っていた時、岩にぶつかる白い波頭の上に無数の海鳥が夕陽を浴びて舞っている光景と、偶然カーラジオから聞こえて来たシベリウスの「レンミンカイネンとサーリの乙女たち」とがあまりに鮮やかに一致して、陶然としたことはある。

 だが、このように演奏会場に来て、椅子に身動きもせずきちんと座って、ピアノがあり、スクリーンがあり、・・・・さあどうぞ、この音楽と、同時に映されるアニメーションをご覧下さい━━とお膳立てされ、なかば強制されると、途端に構えてしまって、すべてを客観的に見てしまうのである。

 もっとも、だからといって、感動するのが音楽と視覚とが偶然に一致した時だけかというと、そうでもなく、場面と音楽とが巧みに一致するよう設計されたオペラや映画などでは、それなりにうっとりさせられるのだから、勝手なものである。
 所詮、異質なもの同士が完璧に合致して感動を生ましめるかどうかは、受け手のその時の感性による、ということなのだろう。いや、そもそもそんなことを、観ながら、聴きながら考えてしまうのだから、余計いけない━━。

 いずれにせよ、暗いステージから響いて来るパスカル・ロジェのドビュッシーやラヴェルは、素晴らしく気持よかった。もちろん映像も美しかったし、それらがフランス印象派の音楽と一脈通じる要素も、こちらなりに感じられた。ただ時々、眼を閉じてしまって、ドビュッシーの音楽だけに集中してしまう、という瞬間もあったのだが・・・・。
 70分の長さ、と予告されていたが、実際はもう少し長かったのでは? 
 いいコンサートで、興味深い企画だった、ということだけは、繰り返し申し上げておきたい。

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