2017-06

2017・6・24(土)シモーネ・ヤング指揮読売日本交響楽団

       東京芸術劇場コンサートホール  6時

 シモーネ・ヤングの指揮は、CDで聴くよりも、ナマで聴く方が生き生きとして感じられる。ハンブルクで聴いた彼女の「指環」など、どれも引き締まった演奏だった。
 ただ、彼女が日本に来て指揮したいくつかのオペラやコンサートは、日本のオーケストラとの相性の問題も関係しているのか、ハンブルクでの演奏に比べ、何かちょっと中途半端なところがあって、もどかしい思いをして来たものである。

 だが、今回の読響との協演は、うまく行った部類だろう。彼女の歯切れのいい、エネルギッシュな音楽が、もともと馬力豊富な読響と程良くマッチして、すこぶる熱気に富んだ、胸のすくような勢いの演奏が生まれていた。

 今日のプログラムは、プロコフィエフの「ピアノ協奏曲第3番」(ソロはウズベキスタン出身のベフゾド・アブドゥライモフ)と、R・シュトラウスの「アルプス交響曲」である。コンサートマスターは長原幸太。

 協奏曲でも、彼女の「持って行き方」は巧い。盛り上がったピアノ・ソロを包み込むようにしながら、更にオーケストラの音量をぐーんと上げて高揚させて行くあたり、見事なものだ。
 第3楽章では、あの「越後獅子」を基にした主題を、アブドゥライモフのソロともども愉し気に躍動させつつ、オーケストラを最後のクライマックスに向けて滔々と豪快に押して行く。ラザレフのような野性的で荒々しい演奏ではなく、咆哮の中にも均衡を失わず━━と言ったらいいか、凄まじいエネルギー感が満ちあふれる音楽づくりだ。
 ピアノも激しい盛り上がりを聴かせて、一気に曲を結んで行った。

 「アルプス交響曲」の方も、前半の登山の場面でのテンポは、かなり速い。さまざまなエピソードをじっくりと描き出すという手法でなく、大きな流れとして場面をスピーディに切り替えて行く、というスタイルの演奏だ。
 この「登山者」は、足腰の滅法強い男らしく、岩も崖も楽々と踏み越え、疾風のごとく頂上目指して登って行く。「平家物語」の悪僧・祐慶さながら、「さしもさがしき東坂、平地を行くが如き也」といったところか。

 だが、頂上での感動と歓喜の場面は実にたっぷりとして雄大だし、「嵐の中の下山」も読響のパワーが本領を発揮してなかなか凄まじい。終結近く、夕陽に燦然と輝く山の光景と、日没から夜にかけての描写はテンポを落してじっくりと壮大に描く。
 かように通して聴いて来ると、ヤングの演奏の組み立て方は、本当に巧いな、と感心する。ハンブルク・オペラのGMD(音楽総監督)として10年のキャリアを誇った彼女ならではの手腕であろう。読響も壮烈な演奏を聴かせて、これまた好調である。
     別稿 音楽の友8月号 Concert Reviews

2017・6・24(土)下野竜也指揮東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

      東京オペラシティ コンサートホール  2時

 シティ・フィルは━━制作費の関係もあるのだろうが━━定期公演の客演指揮者には、邦人指揮者のみを招いてラインナップを組んでいる。だが、これはこれで一つの見識である。
 今日は、広響音楽総監督の下野竜也が客演した。プログラムは、フンパーディンクの「ヘンゼルとグレーテル」前奏曲、ワーグナー~ヘンツェ編の「ヴェーゼンドンク歌曲集」、ドヴォルジャークの「交響曲第6番」。コンサートマスターは戸澤哲夫。

 下野とシティ・フィルの演奏はもちろん良かったけれども、私が今日、最も心を打たれたのは、「ヴェーゼンドンク歌曲集」における池田香織の歌唱だった。
 ドイツの現代作曲家ハンス・ヴェルナー=ヘンツェがオーケストレーションを施したこの版は、モットルらが編曲した版に比べて短3度低くなっている。この低い音群を、池田香織は、素晴らしく深みのある声で歌って聴かせてくれた。第1曲の「天使」の冒頭、力のある陰翳を帯びた声が響き始めた時の衝撃は筆舌に尽くし難い。これが、昨年イゾルデを歌った同じ人の声なのかと━━。
 音域の広いことでは以前から定評のあった彼女だが、今回またもや彼女の素晴らしさを更に認識させられた。さながら、日本のワルトラウト・マイヤーといったところだろう。

 さて、下野とシティ・フィルの方も、すこぶる厚みのある音で、壮大な演奏を繰り広げていた。
 下野のドヴォルジャークの交響曲は、以前にも読響との演奏でいくつか聴いたことがある。その時と同様、今回も正面からシリアスに取り組んでいた。形式と構築に些かまとまりを欠くきらいのあるこの交響曲にさえ、がっちりとした形式性を与えてしまう感があるのが、下野の指揮である。
 これは、どういう秘策によるものか判らないけれども、要するに俗な言葉で言えば、彼の「まとめ方」がうまいということになるのだろう。

 「6番」は、「3番」「4番」とともに、ドヴォルジャークの交響曲の中では私の好きな曲だ。ゆったりと弾むように始まる、あの「七里ヶ浜の哀歌」(真白き富士の嶺)そっくりの主題からして快い。今日は、その主題をはじめとして、壮大で密度の濃い演奏が繰り広げられた。
 第1楽章の提示部をスコアの指定通り、几帳面に反復するのも彼らしい。以前、小さい子供相手のコンサートで、騒がしくなる場内をも気にせず、モーツァルトの交響曲をすべて反復指定通りに長々と演奏し、「こういう時はリピート無しでいいんじゃないの?」と疑問を呈した私に、「いや、(オリジナルの)ちゃんとした形で聴かせないと」と言い張った彼を思い出して、フッと可笑しくなった。

 シティ・フィルも堂々とした演奏だし、アンサンブルもソロもしっかりしている。本番のみならず、開演前のロビー・コンサートでの若手3人の演奏も、熱のこもったものだった。
 これだけいい演奏をしているにもかかわらず、このオケの定期は、お客の入りがいまだに不満足な状態にある、というのがなんとも残念である。フォローするファンはもちろん多いようだが、その数がもっと増えないと・・・・せめて毎回平均7割の入りまで持って行きたいところである。私がやきもきしてどうにかなるというわけではないけれども━━。

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