2017-04

2017・4・16(日)広島響、下野竜也音楽総監督就任初の定期

      広島文化学園HBGホール  3時

 先月、秋山和慶・音楽監督の「告別定期」を聴いたばかりの広響へ、今度は新しく音楽総監督に就任した下野竜也の「披露定期」を聴きに行く。午後0時50分、「のぞみ」で広島駅着。

 プログラムは、ブルックナーの「交響曲第8番」(ハース版)である。下野竜也の気負いと意欲とが、まざまざと感じられるような選曲だ。広響としても、これは一種の祝典的な意味をもったプログラムという考え方なのだろう。

 下野と広響は、2日前にもこの曲を、大阪のザ・シンフォニーホールで演奏している。本拠地より先に、大都市・大阪でやるとは珍しいケースだ。見方によっては、かつて朝比奈隆が「ブルックナーの牙城」を築いた大阪への「殴り込み」と感じられるかもしれないし、その朝比奈の薫陶を受けた下野がブルックナーで「恩返し」を、あるいは「墓前報告」を━━と思えるかもしれない。ホームグラウンドの広島でやる前に大阪で公開ゲネプロをやっておいて・・・・というのは、これは悪いシャレだろう。

 しかしさすがに今日は、本番を一度こなしたあとだけに、自信というか、安定というか、何か強靭な意志力のようなものがみなぎった演奏に感じられた。第1楽章前半にはやや緊張が抜けきれないような感もなくはなかったが、全体に堂々として揺るぎない構築の、見事な演奏だった。
 下野は、どちらかといえば遅いイン・テンポで、自信満々押し切った。
 前半の二つの楽章はスコアの指定通り、アレグロではあるがあくまでモデラートのテンポで演奏された。第3楽章と第4楽章は荘厳にマエストーゾに、かつ非常に遅く、あるいは「急がずに」演奏された。テンポをあまり動かさない演奏は、いわば正統派のブルックナー・スタイルといってよかろう。
 こういう泰然、厳然としたブルックナー構築は、今日ではむしろ少数派になってしまった傾向もあるので、極めて貴重といわなければならない。

 このテンポを見事に持ちこたえた広響も見事であり、渾身の力演であった。後半の二つの楽章での上滑りしない誠実な演奏は素晴らしく、とりわけ終楽章は威容に満ちていた。下野は、そのコーダではトランペットを全力で輝かしく吹かせ、三つの楽章の主題が轟々と合体するさまを明確に浮き立たせて、全曲を結んで行ったのである。

 聴衆の反応も上々だった。新・音楽総監督の就任が熱狂的に温かく寿がれたのは、めでたいことである。
 下野はカーテンコールの最後に、「新人ですが(なので、と言ったっけ?)よろしくお願いします」と短く挨拶し、場内に温かい爆笑と大拍手を巻き起こした。私は指揮者が演奏終了後に喋るのはあまり好きではないのだが、下野の話は真摯で客に媚びることがないし、しかも抜群のユーモアがあるので、例外的に好きである。

 彼は今シーズン、7月、10月、2月の定期と、8月の「平和の夕べ」の他、シューベルトと新ウィーン楽派とスッペとを組み合わせた「新ディスカバリー・シリーズ」などを指揮する。私はそう度々は聴きに行けないが、実に楽しみだ。広響は、もっと東京をはじめ他の都市にも情報を流して、全国区のオーケストラとしての存在をPRすべきである。

 ところで、今日は初めてこのホールの2階席(4列目ほぼ中央)で聴いたが、1階席で聴くより、ここの方がまとまったバランスのいい音で聞こえるようである。残響が少ないことには変わりないけれども、咆哮する金管楽器群と、弦と木管とがうまく均衡を保って響いていて、聴きやすかった。
 5時35分の「のぞみ」で帰京。

«  | HOME |  »

Since
September 13, 2007

これまでの来訪者数

最近の記事

カテゴリー

全記事表示

全ての記事を表示する

RSSフィード

ブログ内検索

プロフィール

リンク

News   

雑誌 モーストリー・クラシック に連載中
「東条碩夫の音楽巡礼記」