2017-03

3・12(日)ウルバンスキ指揮NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団

     ミューザ川崎シンフォニーホール  2時

 北ドイツ放送響が、今年からNDR(=北ドイツ放送)エルプフィルハーモニー管弦楽団という名称になった由。
 要するに、ハンブルクに今年1月開館したエルプフィルハーモニーという名のホール(音響設計者は永田音響の豊田氏)を本拠とするようになったので、オケもこの名称に変えたのだとか。

 首席指揮者はトーマス・ヘンゲルブロックだが、今回は首席客演指揮者のクシシュトフ・ウルバンスキとともに来日した。
 プログラムは、ベートーヴェンの「《レオノーレ》序曲第3番」と「ピアノ協奏曲第3番」(ソリストはアリス=紗良・オット)、R・シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」。なお、アリスのアンコールはまたグリーグの「山の魔王の宮殿にて」、オーケストラのアンコールはワーグナーの「《ローエングリン》第3幕前奏曲」。

 若手の鬼才ウルバンスキの指揮は、彼が東京響の客演指揮者を務めていた時代に聴いて、舌を巻いたことも一度や二度ではない。そうした気鋭の指揮者が、ドイツの強豪オーケストラと一緒にどんな音楽をやるか━━それが興味の的だった。

 その共同作業は、今回たった一度聴いただけだが、なかなか面白い。ウルバンスキは、前半のベートーヴェンの2曲において、あたかも偉大なドイツ魂といったものを尊重し、併せてこのドイツのオーケストラへの敬意を表すかのように、重厚壮大な音楽をつくり出した。奇を衒わず、真摯に、時には沈思するような表情をもって作品と相対するといった感である(以前、東京響とモーツァルトの「交響曲第40番」を初めて演奏した際、ちょうどこういう音楽づくりだったのを思い出す)。

 そしてそのあと、後半の「ツァラトゥストラはかく語りき」に入るや否や、今度はオレの流儀でやらせてもらうと言わんばかりに、音色、バランス、テンポなどにじっくりと趣向を凝らし、一癖も二癖もある演奏をつくり上げる。こういうところがウルバンスキの面白さだろう。

 特にその前半では、彼は極度に遅いテンポを採った。彼のテンポの遅さは今に始まったことではなく、東京響とのブラームスなどでも何度か驚かされたものだったが、今回の「ツァラ」でのテンポ解釈もかなり極端で、えらく長い曲に思えたほどである。
 といって楽曲が崩壊するなどといった演奏では全くなく、その表情の濃密さと、オーケストラから引き出した色彩感と、荒々しいデュナミークのスリリングな対比は、明確に保たれていたのだ━━今回私が聴いた4階席からの印象では、そうだった(2階席あたりで聴くと、だいぶ印象も違ったらしいが)。

 かつてはシュミット=イッセルシュテットやヴァントら、ドイツの巨匠たちに育まれたこのオーケストラも、最近はヘンゲルブロックや、このウルバンスキという鼻っ柱の強い若者らを指揮者陣に迎えて、かなり変貌して来たと聞く。
 だが、例えば今日のベートーヴェンの作品などを聴くと、そこにはちゃんとドイツのオーケストラならではの強靭な個性が保たれているように感じられる。そこがこのオーケストラのプライドというか、土性骨というか、立派なところなのだろう。

※コメントにつき、「仲裁したらどうですか」という別メールを頂戴しましたが、私はそんな徳のある人間ではないので、仲裁はしません。特に口汚いコメントは削除しておりますが、大体は「なるほど、そういう見方もあるか」と、興味深く読ませていただいております。議論大歓迎、です。
 ただ、単語の一つだけにこだわったり、言葉尻をつかんだりして議論していると、肝心な大筋を見誤るおそれがありますので、そのあたりにはご注意を。

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