2017-03

2017・3・9(木)「不信━━彼女が嘘をつく理由」

      東京芸術劇場シアターイースト  7時

 マチネーの終演後、そのまま東京芸術劇場の建物の中にとどまり、パソコンで仕事をしながら、夜の演劇上演の開始を待つ。

 「株式会社パルコ」の企画制作による、三谷幸喜の作・演出のドラマだ。舞台が中央に設置され、その両側を満員の観客がぎっしりと埋める。
 出演は段田安則、優香、栗原英雄、戸田恵子の4人のみ。隣同士に暮らす2組の夫婦━━妻は2人とも嘘をつく。1人は不倫を隠し、1人は万引き嗜好の性格を隠す。自らも不倫を隠していた前者の夫は妻を許し、清廉寛容だった夫は、異常性格の妻を殺す。

 大雑把に言ってしまえばそれだけのストーリーだが、その中に三谷幸喜らしいユーモアと皮肉が織り込まれているのが見ものだ。
 主婦のお節介としつこい好奇心が他人の家庭に要らざる悲劇を生じせしむ━━というのはTVドラマにもよくある設定で、私はうんざりするので見るのも嫌なのだが、今回の三谷ドラマはそれをサラリとコミカルに描いていたし、役者さんも巧いので、ある程度我慢でき、芝居としては充分に愉しむこともできた。正味2時間ほどの上演時間。

2017・3・9(木)飯守泰次郎指揮東京都交響楽団

      東京芸術劇場コンサートホール  2時

 これは定期演奏会のCシリーズ。
 最近東京でも増えて来た平日マチネーの定期は好評のようで、客の入りもなかなか良い。年輩の客ももちろん多いが、まだ現役のように見える中年の客も結構来ているようで、━━拍手はやはり温和しい。大きな音で手を叩かないタイプのお客さんが大半か。ただし今日は、飯守ファンもかなり詰めかけていたようで、そういう人たちがブラヴォーを叫んで客席を盛り上げていた。

 プログラムは、前半がベートーヴェンで、「《レオノーレ》序曲第3番」と、「交響曲第8番」。後半がワーグナーで、「《さまよえるオランダ人》序曲」、「《ローエングリン》第1幕前奏曲」、「《ニュルンベルクのマイスタージンガー》第1幕前奏曲」、アンコールに「《ローエングリン》第3幕前奏曲」。コンサートマスターは四方恭子。

 ベートーヴェンの2曲は、比較的大きな編成で、どっしりとした響きの裡に、風格を湛えて演奏された。「レオノーレ」ではやや遅いテンポが採られ、「8番」に入ると演奏もその作品の性格にふさわしく闊達に変化するものの、ここでもやはり、良き時代のドイツの指揮者のスタイルの流れを曳くような、重心豊かな、毅然とした音楽が続く。

 そして後半のワーグナーの作品に入るや否や、オーケストラの音量は突如として2倍ほど増大し、金管群の咆哮が壮烈に轟きわたる。これで弦のトレモロなどにもう少し分厚い力と陰翳が加われば文句ないのだが━━。いずれにせよ、この鳴りっぷりの良さには、特に「さまよえるオランダ人」など、久しぶりに昔、フランツ・コンヴィチュニー指揮の全曲盤を聴いて興奮した時の感覚が蘇ったくらいである。
 ベートーヴェンにしても、このワーグナーにしてもそうだが、いずれも飯守の個性が発揮されている。そこには、己の指揮スタイルを頑固に貫き続ける彼の信念が感じられる。

 演奏を聴いていると、どうも飯守と都響との相性は必ずしも良いとは感じられない。彼はもともとアンサンブルをぴたりと整えるタイプの指揮者ではないから、それはある程度オーケストラ側の自主性に任されることになろう。
 ただ、都響のアンサンブルは、今日はかなりガサガサしていて、とりわけ最強奏になると音が非常に硬くなり、美しさの片鱗も無くなってしまっていた。あのインバルから鍛えられて強固な均衡をつくり出したはずの都響も、いったん指揮者が変われば、こうもすべてが粗っぽくなってしまうのかと、些か落胆する。
 楽員の腕は相変わらず確かであることは感じられるし、マチネーだからと言って手を抜いているわけではないだろうけれども━━。
      ☞別稿 音楽の友5月号 Concert Reviews

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