2017-02

2017・2・3(金)山田和樹指揮の「カルメン」

     東京文化会館大ホール  6時30分

 日本オペラ振興会の制作によるビゼーの「カルメン」。
 ダブルキャストで、初日の今日はミリヤーナ・ニコリッチ(カルメン)、笛田博昭(ドン・ホセ)、須藤慎吾(エスカミーリョ)、小林沙羅(ミカエラ)、伊藤貴之(スニガ)、平野雅世(フラスキータ)、米谷朋子(メルセデス)、安東玄人(ダンカイロ)、狩野武(レメンダード)、押川浩士(モラレス)。
 そして藤原歌劇団合唱部と東京少年少女合唱隊、平富恵スペイン舞踊団、日本フィル、山田和樹(指揮)、岩田達宗(演出)という顔ぶれである。

 今回の「カルメン」で、最も注目を集めていたのは、山田和樹の指揮だったろう。
 ピットでの指揮経験が少ないにもかかわらず、神経の行き届いた指揮で、かつ情熱的にオーケストラを構築、劇的な盛り上がりと緊迫感をも打ち出していた。聴いていて、ビゼーの音楽の美しさを堪能できた個所もいくつかあったのは確かである。オペラの指揮としては、特に歌との微妙な絡み合いの点で未だ練れていない部分があるのも事実だけれど、それは今後に期待すべきこと。とにかく、彼の新たな快進撃は嬉しい。

 オーケストラは、これもオペラのピットに入るのが久しぶりという日本フィル。思いのほか━━と言っては悪いが、大熱演がうまく「決まって」いた。細かいところはともかく、その沸騰した熱っぽい演奏は賞賛されてよい。ピットで無気力なパワーのない演奏をするオケほど、オペラをつまらなくするものはないのだから。

 かようにオケ・ピットは満足すべき水準にあったのだが━━この日の歌手陣には、どうも問題が多いようだ。それはやはり、最終的には指揮者が責任を負わなくてはならないことなのだが。

 先ずタイトルロールのミリヤーナ・ニコリッチ。
 長身で、財前直見と木の実ナナを合わせたような顔をしていて、可愛いし、演技もそれなりに悪くないのだが、肝心の歌がいけない。音程が非常に粗雑であるだけでなく、声が所謂「ぶら下がり」状態になってしまい、曲がまるで違う旋律のように聞こえたことも一度や二度ではなかった。
 昨年東京芸術劇場で「サムソンとダリラ」のダリラを歌った時には、曲想の違いもあるのだろうが、こんなに気にならなかったのだが━━いったいどうしたことか。

 自分勝手に崩して歌っていいということになっていたのなら、指揮者とどのような打ち合わせになっていたのか? とにかく、「セギディリア」以降、幕を追うごとに音程が崩れて行くのだから、聴いていて落ち着かぬことこの上ない。
 しかしこれは、エスカミ-リョも似たようなものだったろう。聴かせどころの「闘牛士の歌」からして、いくらなんでも、今の時代には、もう少し正確に歌って欲しいものである。

 だがそういった中で、ドン・ホセの笛田博昭は、歌唱面ではもちろん、演技の面でもよく健闘していた。軍人ホセとしては稀勢の里さながらの不愛想な顔付で押し、第3幕以降で失意に陥って行くあたりの表情は船越英一郎が顔を顰めたような顔になって、すこぶる人間的で良かった。

 演出は岩田達宗。スケール感を備えた舞台である。第3幕の幕切れで、ホセがいつまでも慟哭しているという演出は少々凝り過ぎかとは思ったが、第2幕冒頭のジプシーの舞踊場面は豪華絢爛として、このオペラに相応しい光景であった。
 そしてまた、煙草工場の女工たちやジプシーたちが生き生きと熱っぽく演技し、兵士たちを除く脇役・端役たち(合唱団)が舞台を引き締めていたことにも触れておきたい。
 第4幕幕切れでは、斃れたカルメンの周囲に血の輪が大きく拡がり、また背景の「血のような赤い色をした月」がいよいよ巨大に迫って来るという光景もいいだろう。

 主人公たちの演技にも、かなり細かい設定がなされていたのがいい。
 第1幕幕切れ、ホセがカルメンを逃がすことを決心するくだりでは、彼が「大切な」はずの母親の手紙を握り潰してしまう、という細かい演出も目を引く。
 また、第3幕終結近く、ホセがカルメンの首を絞めるなど常軌を逸した行動に出、これがカルメンをしてエスカミーリョに気持を走らせてしまい(ちょうど遠くから闘牛士の歌声が聞こえて来る)、あるいは第4幕でも、ホセがカルメンの顔を何度も殴打するという設定があり、これが僅かに残っていたであろう彼女のホセへの同情の念を完全に失わせてしまう、といったような、━━つまりカルメンがホセを棄てたのは、カルメンの移り気の所為だけではなく、ホセの行動にもその原因があったのだ、という解釈が行われていたような気がして、大変興味深い。

 もう一つ、ホセとエスカミーリョの決闘場面(第3幕)でも、アルコア版のような長さをもたぬギロー編曲版を巧くカバーし、闘牛士がホセを一度は打倒しながら逆襲されるという設定にして、そのあとの闘牛士の「勝負は互角だな」という歌詞に矛盾を生まぬよう描き出すという演出は、実に当を得たアイディアだったと思う。

 こうした演技を、カルメンも、ホセも、エスカミーリョも、見事にこなしていたのは確かである。ただ一つ、ミカエラのみ、要所で「アリアを歌う」類型的なポーズを取ってしまうのが、演技のバランスを壊す結果を招いているような印象があって、少々気になる。

 今回は前出のように、ギロー編曲による旧慣用版が使用されていたが、細部では、特に第2幕などでいくつかカットがあったようである。第4幕は間奏曲のあと、「物売り」の場面を省略し、いきなり闘牛士たちの入場場面から始められたが、これは意外に不自然さを感じさせない手法だったようだ。
 とにかく、話題豊富な「カルメン」だった。

2017・2・3(金)ユッカ=ペッカ・サラステ指揮新日本フィル

      すみだトリフォニーホール  2時

 これは「アフタヌーン・コンサート・シリーズ」のひとつ。
 平日午後のコンサートが結構多くの聴衆を集めているというのは最近の傾向だが、この日もメンデルスゾーンの「ヴァイオリン協奏曲ホ短調」とチャイコフスキーの「交響曲第4番」という「名曲プログラム」であることも手伝って、なかなかの入りであった。もっとも、天下の名指揮者サラステの初客演が、2回(土・日)公演とはいえ、平日マチネーでは、ちょっともったいないような気がしないでもない。

 協奏曲では、レイ・チェンが例のごとく元気のいい、勢いにあふれたソロを聴かせてくれた。今年28歳、勢いに任せた荒っぽい演奏ではあるが、若者ゆえの気魄は気持がいいものだ。
 サラステもまた、オーケストラをかなり勢いよく鳴らす。チャイコフスキーではそれがエネルギッシュな力を生んでいたが、━━新日本フィル、このところ少し荒れ気味ではないか? 例えば冒頭のファンファーレなど、かつての好調時と、どこか違う。
         別稿 音楽の友3月号 Concert Reviews

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