2009-08

8・15(土)「あッ!ベートーヴェン。」第3日 交響曲第8番、第9番
飯森範親指揮 東京交響楽団

   神奈川県立音楽堂 (午後4時)

 3日連続のベートーヴェンの交響曲の番号順ツィクルス最終日。
 全部聴いた人には、美麗な「究極(9曲)の証明書」なるものが贈られた。表彰の文章も物々しい。総計400枚近くが出たというから、今日の入場者(満席)のうち4割ほどの人々が3日間通ったことになる。
 「お盆のベートーヴェン」も悪くない。終戦記念日に「第9」を聴いて平和を祈るというのも、意義深いものがあろう。

 残響がほとんどなく、オーケストラの音が「もろリアル」に聞こえるこの神奈川県立音楽堂だが、最も響きのバランスが良かったのは意外にも「8番」でなく「第9」だった。ノン・ヴィブラートの弦もあまり刺激的な音にならず、木管、金管、打楽器との調和もほぼ理想的なものになっていた。飯森と東響の鳴らし方も巧かったのだろう。
 音の動きの極度に細かい「8番」に比べ、「第9」はむしろ滔々たる音の流れを持っていることからも、これがホールの鳴りの上で良い効果を生んでいたのかもしれない。

 もちろん、演奏の音楽的な内容においても、この「第9」は出色のものだった。特に第1楽章には、強固な意志力でひたすら突き進むエネルギーがあふれていた。また、3つの楽章が第4楽章の「歓喜」の1点に向けて集中して行くような感を与える演奏構築上のバランスの良さも特筆されよう。

 スケルツォ楽章のティンパニについては、飯森は展開部に入ったあとの[E]前後のオクターヴの一撃を4回ともフォルテで叩かせ(楽譜指定通り)――おまけに5回目もディミヌエンドなしのフォルテで叩かせ(奏者が間違えたのかと思った)、これに対しダ・カーポしたあとの同じ個所では、5回全部をディミヌエンドで演奏させていた(マズアの指揮を参考にしたか?)。
 飯森もプレトークでこのダイナミックスの違いの狙いについて説明をしていたが、必ずしも演奏からそれが感じ取れたわけでもない。それにこのティンパニの叩き方には、いささか共感しかねるのである(「パンパラン」でなく「ドンバタ」と聞こえるのはいかがなものか?)。

 文句ついでにもう一つ、第4楽章冒頭のチェロとコントラバスのレシタティーフおよび、ヴィオラが「歓喜の主題」に入って来る個所だが、あんなに音がふらついたのは、ノン・ヴィブラートでやったせいなのか? 事情(?)は判らないけれども工夫を願いたい。だが演奏全体としては、最後のクライマックスに至る昂揚感も含め、極めて見事なものがあった。

 合唱の東響コーラス(安藤常光指揮)が、すばらしく優秀。
 ソリストは小林沙羅(S)、小林由佳(A)、中嶋克彦(T)、与那城敬(Br)。この4人の声楽的なバランスの良さ――特に終り近くのポーコ・アダージョの個所――も、特筆すべきだろう。
 小林沙羅は、先日(7月25日)の「トゥーランドット」のリューを聴いた時にも感じたことだが、本当に透明な綺麗な声の持主だ。小林由佳も、普通なら目立たないこの曲のアルトのパートを明晰に聴かせていた(こういう人はなかなかいない)。中嶋克彦は手堅い。与那城敬ももちろんいいが、最初のレシタティーフは、なにごとかとびっくりさせられるほど物々しく厳めしかった。ちょっと凝り過ぎではなかろうか。

 終演後にロビーで、指揮者、ソリスト、コンマス(高木和弘)に、聴衆も加わっての交流会。首席トランペットのアントニオ・マルティが退団し帰国するそうだ。寂しい。
      

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