2009-08

8・8(土)幕間閑談 「マエストロ、それはムリですよ・・・」の続篇

 7月24日の山響定期の会場で飛ぶように売れていた「マエストロ、それはムリですよ・・・」は、飯森範親と山響の奮闘をドキュメントにした本。
 サッと読める本だが、なかなか面白い。両者の魅力が生き生きと伝わって来て、このコンビの演奏をまた聴きに行こうと思わせられるような雰囲気にあふれている。出版はヤマハ。

 ただ、こういう「面白く書かれたドキュメント」がとかく陥りやすいのは、その指揮者がオーケストラへ如何に大きな刺激を与えたかを描くあまり、それまでのオーケストラが如何にダメ集団で、事務局長は如何に気弱で消極的な人間であるかという、ヒール的な役割を作り出してしまうことだろう。
 幸いこの本は、そういった危険性を巧みに避けて書かれているが、それでも所々にその「構図」が顔を覗かせないでもない。

 読み手の中には、その陥穽に嵌ってしまう人もいるだろう。某雑誌の書評にある「山形交響楽団はこうした当たり前のことが出来ていなかった。『常識』を持ち込んだ飯森に、必死で応える事務局やオーケストラの・・・・」という一文などは、その最たる例だ。
 山響のS事務局次長はオトナだから、そんなことに目くじら立てる人ではなかろうが、それでも内心では、穏やかならざる気持になることもあるに違いない。彼は彼なりに、長年努力して来ていたわけだから。

 以前、ある指揮者が地方オーケストラで「オール武満プロ」をやろうと提案し、事務局長が「それではお客が入らない」とマッサオになったのを、強引に押し切って大成功を収めた――という談話だったか記事だったかを読んだことがある。
 私は、当の事務局長なる人をよく知っている。彼は70年代に東京から優秀な楽員を何人か引き抜いてオケを強化していたことでも知られた人で(私は彼に「人買い○○」と綽名をつけたほどだった)、企画にも意欲的だったから、「マッサオになる」はずなどないのである。
 これなども、一人の功績を持ち上げようとするあまり、その他の人々を旧弊なダメ人間として設定してしまう、好ましからざる一例であろう。

 「改革」とは――上杉謙信ではないが、「天の時、地の利、人の和」で、全てが揃ったときに初めて実を結ぶものである。優れたリーダーの存在は不可欠だが、彼一人の力のみによって成就するものではない。
 ゲルギエフがキーロフ・オペラを改革できたのも、その例に漏れない。そこに彼の卓越したリーダーシップがあったことはいうまでもないが、その前にはテミルカーノフが積み重ねた成果があり、またペレストロイカという国家の大変化もあったことを見逃してはなるまい。

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