7・29(水)
マイケル・ティルソン・トーマス指揮PMFオーケストラ東京公演
サントリーホール
マイケル・ティルソン・トーマスの指揮姿を見るのは久しぶりだ。長身でスマートな身のこなしは昔ながらだが、歩き方に少し年齢を感じさせるようになったか。
彼は、90年代の10年間、PMFの芸術監督を勤めていた。この音楽祭が今も継続され、盛況であることを目の当り見て、さぞ満足に思っていることだろう。
そのティルソン・トーマスが、マーラーの「交響曲第5番」を指揮した。札幌での2回の公演、大阪公演、東京でのスポンサーのためのクローズド公演に続いて、今日が5回目の演奏になるはず。そしてこれが今年のPMFの最終公演でもある。
場数を踏んだ演奏は、圧倒的なものがあった。1番トランペット(女性)の音色の輝かしさと、ホルン群の豊麗さとを筆頭に、各管楽器奏者のソロも生き生きとして歌い躍動する。弦楽器群もブリリアントな音色で壮麗に歌う。
この、実にしなやかな動きで晴れやかに突き進んでいくオーケストラの演奏を聴きながら私は、ティルソン・トーマスがかつて語った「指揮者が圧制を行なうのでなく、むしろ各パートが自主性を以て演奏し、指揮者とオーケストラ全体がそれについて行くくらいの演奏こそが、音楽に生命感を生み出すのだ――」という言葉を思い出していた。多分、今夜の演奏は、彼にとってその理想に近いものだったのではなかろうか?
長大な第3楽章も、盛り上がると思わせては退いて行く第5楽章も、全くだれることがない。安定したテンポも含め、全曲を完璧なバランスで統一することに成功した演奏でもあった。18型の大編成オーケストラには、些かの乱れもない。
これは、近年のPMFオーケストラの演奏の中では、自在感と均衡とを併せ持つ点において、ゲルギエフの指揮で演奏したチャイコフスキーの「第5交響曲」に並んで優れたものだったといえよう。
こうしたPMFオーケストラの演奏を聴くと、先日札幌でシエン・ジャンの指揮で聴いた演奏は、一体何だったのかという気がする。やはりあれは、相性の問題だったか。それとも指揮者の格の違いにアカデミー生たちがなめてかかったか、あるいは音楽祭期間中の中だるみだったか――。
なおマーラーに先立っては、ティルソン・トーマスの自作「シンフォニック・ブラスのためのストリート・ソング」という15分くらいの長さの曲が演奏された。ホルン・トランペット各4、トロンボーン3、テューバ1という編成の作品である。金管楽器奏者たちの腕の冴えを示す曲としては絶好だろう。
マイケル・ティルソン・トーマスの指揮姿を見るのは久しぶりだ。長身でスマートな身のこなしは昔ながらだが、歩き方に少し年齢を感じさせるようになったか。
彼は、90年代の10年間、PMFの芸術監督を勤めていた。この音楽祭が今も継続され、盛況であることを目の当り見て、さぞ満足に思っていることだろう。
そのティルソン・トーマスが、マーラーの「交響曲第5番」を指揮した。札幌での2回の公演、大阪公演、東京でのスポンサーのためのクローズド公演に続いて、今日が5回目の演奏になるはず。そしてこれが今年のPMFの最終公演でもある。
場数を踏んだ演奏は、圧倒的なものがあった。1番トランペット(女性)の音色の輝かしさと、ホルン群の豊麗さとを筆頭に、各管楽器奏者のソロも生き生きとして歌い躍動する。弦楽器群もブリリアントな音色で壮麗に歌う。
この、実にしなやかな動きで晴れやかに突き進んでいくオーケストラの演奏を聴きながら私は、ティルソン・トーマスがかつて語った「指揮者が圧制を行なうのでなく、むしろ各パートが自主性を以て演奏し、指揮者とオーケストラ全体がそれについて行くくらいの演奏こそが、音楽に生命感を生み出すのだ――」という言葉を思い出していた。多分、今夜の演奏は、彼にとってその理想に近いものだったのではなかろうか?
長大な第3楽章も、盛り上がると思わせては退いて行く第5楽章も、全くだれることがない。安定したテンポも含め、全曲を完璧なバランスで統一することに成功した演奏でもあった。18型の大編成オーケストラには、些かの乱れもない。
これは、近年のPMFオーケストラの演奏の中では、自在感と均衡とを併せ持つ点において、ゲルギエフの指揮で演奏したチャイコフスキーの「第5交響曲」に並んで優れたものだったといえよう。
こうしたPMFオーケストラの演奏を聴くと、先日札幌でシエン・ジャンの指揮で聴いた演奏は、一体何だったのかという気がする。やはりあれは、相性の問題だったか。それとも指揮者の格の違いにアカデミー生たちがなめてかかったか、あるいは音楽祭期間中の中だるみだったか――。
なおマーラーに先立っては、ティルソン・トーマスの自作「シンフォニック・ブラスのためのストリート・ソング」という15分くらいの長さの曲が演奏された。ホルン・トランペット各4、トロンボーン3、テューバ1という編成の作品である。金管楽器奏者たちの腕の冴えを示す曲としては絶好だろう。