7・13(月)長岡京室内アンサンブル
浜離宮朝日ホール
金曜日深夜から咽喉と鼻に違和感を生じ、さてはどこかで新型インフルエンザを?と肝を冷やしたが、熱も出ないし、体の痛みもないし、新型インフルに罹るにはトシを取りすぎているし(?)、それに咽喉炎と鼻炎は子供の時からの持病みたいなもの。とりあえず2日間謹慎、辛うじて治癒。
しかしこのため、土・日でどうしても聴きたいと思っていた、広上指揮日本フィルの「オックスフォード」、スダーン指揮東京響のシューマン〜マーラー編の「ライン」、ボロン指揮東京都響のシベリウスの3本を棒に振った。痛恨の極みだ(モーストリークラシックのH氏の話によれば、12日・大阪のザ・カレッジ・オペラハウスの「イドメネオ」――児玉宏指揮、岩田達宗演出――もすばらしかった由)。
そこで今日、聴きに行ったのが、長岡京室内アンサンブル。
結成以来12年というけれども、もうそんなに経つかと思う反面、まだ12年かという気もする。N&FのCDを通じて聴く機会も多かったからであろう。
ナマで聴いたのは久しぶりだが、指揮者なしの弦楽アンサンブルとしては、これほど滑らかで艶のある、流麗な美しい音色をもった団体も日本では稀だろう、という思いをいっそう強くした。音楽監督&ヴァイオリンの森悠子の統率力は見事なものである。
舞台照明を落し、雪洞の明かりで演奏した最初のモーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」は、全曲にわたり神経を行き届かせ、テンポやデュナミークにも独自の微細な趣向を凝らしたもの。私の好みからすれば少しやり過ぎという感もあったが、一つの解釈としては興味深い。
通常の舞台照明になった2曲目のメンデルスゾーンの若書きの作品「ヴァイオリン協奏曲ニ短調」では一転して、高木和弘の活気あるソロとともに、開放的な明るい演奏が繰り広げられた。
この長岡京室内アンサンブルが織り成す音楽は、あくまで流麗であり、リズムもなだらかだ。したがって作品自体も、古典派の作風の影響を受けたものというより、いかにもロマン派時代のものといった性格を強くして再現されることになる。
休憩後は、まずバーバーの「弦楽のためのアダージョ」で、これもきわめて翳りのない、美しい音色である。この曲について回る「追悼の音楽のイメージ」などというものを払拭して――それがねらいだったかどうかは別として――本来の叙情的な美感を強く打ち出した演奏といえようか。
そして最後は、ヒナステラの「弦楽のための協奏曲 作品33」。このアンサンブルの各奏者の腕の良さを余すところなく発揮した力演で、一夜のプログラムにおける見事な頂点を築き上げた。
なお今日のアンサンブルの基本編成は、4−4−2−3−1。
金曜日深夜から咽喉と鼻に違和感を生じ、さてはどこかで新型インフルエンザを?と肝を冷やしたが、熱も出ないし、体の痛みもないし、新型インフルに罹るにはトシを取りすぎているし(?)、それに咽喉炎と鼻炎は子供の時からの持病みたいなもの。とりあえず2日間謹慎、辛うじて治癒。
しかしこのため、土・日でどうしても聴きたいと思っていた、広上指揮日本フィルの「オックスフォード」、スダーン指揮東京響のシューマン〜マーラー編の「ライン」、ボロン指揮東京都響のシベリウスの3本を棒に振った。痛恨の極みだ(モーストリークラシックのH氏の話によれば、12日・大阪のザ・カレッジ・オペラハウスの「イドメネオ」――児玉宏指揮、岩田達宗演出――もすばらしかった由)。
そこで今日、聴きに行ったのが、長岡京室内アンサンブル。
結成以来12年というけれども、もうそんなに経つかと思う反面、まだ12年かという気もする。N&FのCDを通じて聴く機会も多かったからであろう。
ナマで聴いたのは久しぶりだが、指揮者なしの弦楽アンサンブルとしては、これほど滑らかで艶のある、流麗な美しい音色をもった団体も日本では稀だろう、という思いをいっそう強くした。音楽監督&ヴァイオリンの森悠子の統率力は見事なものである。
舞台照明を落し、雪洞の明かりで演奏した最初のモーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」は、全曲にわたり神経を行き届かせ、テンポやデュナミークにも独自の微細な趣向を凝らしたもの。私の好みからすれば少しやり過ぎという感もあったが、一つの解釈としては興味深い。
通常の舞台照明になった2曲目のメンデルスゾーンの若書きの作品「ヴァイオリン協奏曲ニ短調」では一転して、高木和弘の活気あるソロとともに、開放的な明るい演奏が繰り広げられた。
この長岡京室内アンサンブルが織り成す音楽は、あくまで流麗であり、リズムもなだらかだ。したがって作品自体も、古典派の作風の影響を受けたものというより、いかにもロマン派時代のものといった性格を強くして再現されることになる。
休憩後は、まずバーバーの「弦楽のためのアダージョ」で、これもきわめて翳りのない、美しい音色である。この曲について回る「追悼の音楽のイメージ」などというものを払拭して――それがねらいだったかどうかは別として――本来の叙情的な美感を強く打ち出した演奏といえようか。
そして最後は、ヒナステラの「弦楽のための協奏曲 作品33」。このアンサンブルの各奏者の腕の良さを余すところなく発揮した力演で、一夜のプログラムにおける見事な頂点を築き上げた。
なお今日のアンサンブルの基本編成は、4−4−2−3−1。