2009-07

7.7(火)エクサン・プロヴァンス音楽祭 旅行日記最終日
モーツァルト 「クレタの王 イドメネオ」

   アルシェヴェーシェ劇場

 開演は夜9時40分。
 オリヴィエ・ピイの演出、マルク・ミンコフスキの指揮、グルノーブルのルーヴル音楽隊の演奏。

 序曲の開始直後から幕が上がり、トロイの捕虜(黒人の強制移民グループ)にクレタの軍隊(秘密警察のような集団)が暴行を加える場面から始まる。
 こういう暴力シーンは最近のヨーロッパのオペラ演出における流行みたいだが、私は大嫌いだ。ああいう場面が演じられていると、モーツァルトのすばらしい序曲など、観客の耳に入らないのではなかろうか? 

 しかし、ピイの演出に抵抗感があったのはその部分だけで、その他は実に綿密に丁寧に作られた舞台であった。深夜の正味3時間、いささかも退屈を覚えなかったほどである。
 各キャラクターがアリアを歌う際にも、当人だけが一人で舞台にいるわけでなく、関連のある他の人物が諸々に居てそれに反応するという手法が使われる。これは登場人物の構図を解り易くするのに役立っているし、特にトロイの王女イリア――クレタの王子イダマンテ――アルゴスの王女エレットラの「三角関係」と「女2人の嫉妬」とを、明確に描き出しているだろう。

 ネプチューンは怪異な海神姿で、のべつ姿を現しては槍を振りかざして踊り、イドメネオ父子を威嚇するが、威張って権力を誇示している割には、イドメネオと格闘すれば簡単に叩き伏せられてしまうという、可笑しなキャラである。
 この海神は、てっきり黙役のダンサーだろうと思い、最後にイドメネオを許す「神の声」は誰かが陰歌でやるのかと思っていたら――配役表にも「声」とあったので――いきなりみずから朗々としたバスで歌い始めたのにはびっくりした。

 エレットラは最後のアリアで血を腕や顔に塗りたくり、短剣で自殺する。
 舞台装置は冷たく白色に光るステンレス製か何かの大きな櫓を多数組み合わせる仕組みになっており、その上には群集とともに都市開発計画途次の建物(王子イダマンテはその設計にも熱中している)が並ぶが、それらを乗せたまま黒背広の男たちが力仕事で頻繁に移動させるのだから、全くご苦労なことである。
 ともあれ、舞台は演技・装置ともすこぶる手の混んだ、しかも心理描写を巧妙精緻に織り込んだ造りになっていて、昨夜の「黄昏」とは雲泥の差であった。装置と衣装はピエール・アンドレ・ウェイツ。

 歌手たちは、演技はいいけれど、歌唱力の点では概して平均的水準にある。
 イドメネオ王を歌ったリチャード・クロフトが最も手堅く安定していたが、王子イダマンテのヤン・ボーロン、イリアのソフィー・カルトホイザーは、さほど際立った個性の持主ではない。
 エレットラのミレイユ・ドゥルンシュは見栄えも良い女性で、最近人気も高いと聞くが、歌唱は意外に雑で、最後の怒りのアリアなど、もう少し正確に歌ってもらいたいと思うほどであった。
 容貌魁偉なメイクで映えた海神は、ルカ・ティットートという人。

 ミンコフスキの指揮は、小編成のピリオド楽器オーケストラを適度に劇的に、適度に清涼に響かせてモーツァルトの音楽の魅力を発揮させたが、この人もしばしばテンポを遅い個所で誇張する癖がある。
 今回はカットも全く行わず、第3幕最後のバレエ音楽をも省略なしに演奏した。このオペラ全体を通じてバレエは効果的に使われ、海神の怒り、それに怯えるクレタの民衆などを随所で描いており、したがって最後のバレエも物語全体を要約した内容になっている。

 第1・2幕を続けたあとに休憩が30分。第3幕が始まった時点で既に午前0時。合唱終了時は0時55分で、やれやれ1時前に終ってクレタと思ったのだが、このバレエがあったので、終演は午前1時7分になった(南欧の連中はどうしてこんな時間を組むのやら。8時に開演すればいいものを)。
 これで翌朝6時に起きてマルセーユ空港に向かうというスケジュールはきつい。

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