7.5(日)エクサン・プロヴァンス音楽祭 旅行日記第1日
オッフェンバック 「天国と地獄(地獄のオルフェ)」
アルシェヴェーシェ劇場
前日、フランクフルト経由でマルセーユ空港に着く。そこからエクスまではタクシーで25分程度。
時々雲は出るが、南仏の空は澄み切ってあくまで碧い。空気も爽やかそのものだ。
時差ボケ解消目的も含め、午後3時半頃から夜7時半頃まで午睡。このくらい眠っておかないと、とても深夜まで体がもたない。
開場はやや遅れ、午後9時40分。開演が10時10分。
「地獄のオルフェ(天国と地獄)」は、当然フランス語上演だが、字幕が――それも歌詞のみ――フランス語で出るだけでは、私のごときエトランジェには不公平のきわみ。
セリフで笑い転げているのは客のほぼ半数だったから、笑いたくても意味がよく解らず、笑えずに片頬だけ歪めていた客は他にも多数いたのでは? ジュピテールがたった1ヶ所、「not explain, not complain」と英語を使った時に、やたら盛大な笑い声が起こったことがそれを証明しているようである。
ただし今回の上演では、1858年の初演版に1874年の改訂版を加味したものが基本的に使われているので――つまりミンコフスキ指揮で出ているCD(EMI)の演奏とほぼ同じだから、それを聴いていた者にとっては、あらかた見当はつくというもの。
新制作で今日がプレミエになるこのプロダクションの演出は、Yves Beaunesne。
すべて現代風に直してあるが、「テーバイ郊外の田園」が「オルフェとユリディース夫妻の小さなダイニング・キッチン」になり、「世論」がカメラを持った雑誌記者になった程度で、ストーリー展開も基本的に変ったことは行われていない。神々のフレンチ・カンカンも盛んに踊られる。
欧州の音楽祭で上演される舞台としては、今回は意外なほどにストレートな設定だ。何の変哲もないといえばそれまでだが、だれやらのザルツブルクでの「こうもり」のように突拍子もない舞台ではないから、娯楽オペレッタとして、のんびりと気軽に観ていられるという良さもある。
ヴァイオリニストのオルフェ(ジュリアン・ベール)は、もともと第1場以外にはほとんど見せ場がなく、なぜ彼が題名役になっているのか解らぬような存在である。世論に催促され、オリュンポスで嫌々ながらグルックの「われエウリディーチェを失えり」を調子外れに投げやりに(弾き)歌い、客席を爆笑させるのがせいぜいのところだ。
ユリディース(パウリーヌ・クールタン)は小柄で可愛い容姿だけが取柄。平凡な主婦が最後にバッカスの巫女に取り立てられるなどという可笑しさを描くにはいいかもしれない。その意味では、ラストシーンでいつの間にか神々にも見捨てられ、独りぼっちになり、落胆するという設定は利いている。
儲け役はやはり、地獄の神プリュトン(マティアス・ヴィダル)と、その召使ジョン・スティクス(ジェローム・ビリー)だろう。前者は人を食ったような性格を上手く出していたものの、後者は肝心の聴かせどころのクープレに面白味が不足していたのが惜しい。ジュピテール(ヴァンサン・ドリアウ)はじめ神々はそれなりに明るく歌い、楽しく演じている。
まあとりあえずは面白かったと言えるが、舞台全体に未だ言い難い「隙間」が感じられるのは、今夜がプレミエだったせいもあろう。
演奏はカメラータ・ザルツブルクで、指揮はアラン・アルティノーグル(アルティノグリュと発音するのが正しい、とパリの三光さんからあとで教えられた。ありがとうございました)。
初演版基本のため編成が小さいこともあって、オーケストラをどのように制御できる人なのかは、今夜の演奏からだけでは少々掴みにくい。つまり、必ずしもノリのいい指揮には感じられなかったということである。
終演は、深夜0時40分になった。
前日、フランクフルト経由でマルセーユ空港に着く。そこからエクスまではタクシーで25分程度。
時々雲は出るが、南仏の空は澄み切ってあくまで碧い。空気も爽やかそのものだ。
時差ボケ解消目的も含め、午後3時半頃から夜7時半頃まで午睡。このくらい眠っておかないと、とても深夜まで体がもたない。
開場はやや遅れ、午後9時40分。開演が10時10分。
「地獄のオルフェ(天国と地獄)」は、当然フランス語上演だが、字幕が――それも歌詞のみ――フランス語で出るだけでは、私のごときエトランジェには不公平のきわみ。
セリフで笑い転げているのは客のほぼ半数だったから、笑いたくても意味がよく解らず、笑えずに片頬だけ歪めていた客は他にも多数いたのでは? ジュピテールがたった1ヶ所、「not explain, not complain」と英語を使った時に、やたら盛大な笑い声が起こったことがそれを証明しているようである。
ただし今回の上演では、1858年の初演版に1874年の改訂版を加味したものが基本的に使われているので――つまりミンコフスキ指揮で出ているCD(EMI)の演奏とほぼ同じだから、それを聴いていた者にとっては、あらかた見当はつくというもの。
新制作で今日がプレミエになるこのプロダクションの演出は、Yves Beaunesne。
すべて現代風に直してあるが、「テーバイ郊外の田園」が「オルフェとユリディース夫妻の小さなダイニング・キッチン」になり、「世論」がカメラを持った雑誌記者になった程度で、ストーリー展開も基本的に変ったことは行われていない。神々のフレンチ・カンカンも盛んに踊られる。
欧州の音楽祭で上演される舞台としては、今回は意外なほどにストレートな設定だ。何の変哲もないといえばそれまでだが、だれやらのザルツブルクでの「こうもり」のように突拍子もない舞台ではないから、娯楽オペレッタとして、のんびりと気軽に観ていられるという良さもある。
ヴァイオリニストのオルフェ(ジュリアン・ベール)は、もともと第1場以外にはほとんど見せ場がなく、なぜ彼が題名役になっているのか解らぬような存在である。世論に催促され、オリュンポスで嫌々ながらグルックの「われエウリディーチェを失えり」を調子外れに投げやりに(弾き)歌い、客席を爆笑させるのがせいぜいのところだ。
ユリディース(パウリーヌ・クールタン)は小柄で可愛い容姿だけが取柄。平凡な主婦が最後にバッカスの巫女に取り立てられるなどという可笑しさを描くにはいいかもしれない。その意味では、ラストシーンでいつの間にか神々にも見捨てられ、独りぼっちになり、落胆するという設定は利いている。
儲け役はやはり、地獄の神プリュトン(マティアス・ヴィダル)と、その召使ジョン・スティクス(ジェローム・ビリー)だろう。前者は人を食ったような性格を上手く出していたものの、後者は肝心の聴かせどころのクープレに面白味が不足していたのが惜しい。ジュピテール(ヴァンサン・ドリアウ)はじめ神々はそれなりに明るく歌い、楽しく演じている。
まあとりあえずは面白かったと言えるが、舞台全体に未だ言い難い「隙間」が感じられるのは、今夜がプレミエだったせいもあろう。
演奏はカメラータ・ザルツブルクで、指揮はアラン・アルティノーグル(アルティノグリュと発音するのが正しい、とパリの三光さんからあとで教えられた。ありがとうございました)。
初演版基本のため編成が小さいこともあって、オーケストラをどのように制御できる人なのかは、今夜の演奏からだけでは少々掴みにくい。つまり、必ずしもノリのいい指揮には感じられなかったということである。
終演は、深夜0時40分になった。